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追放令嬢はダンジョンで優雅に『魔獣食堂』を開く  作者: 九葉
第1章 森

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第7話 氷の剣帝と、銀雪の天然かき氷

 ドォォォォォォン……!!


 ズガンッ、バキバキバキッ!


 廃墟の外から、地響きのような爆音と、何かが砕け散る音が断続的に聞こえてくる。

 時折、悲鳴のような声も混じっているけれど、それはあえて聞かなかったことにする。


「……結構、派手にやってるわね」


 私はキッチンのカウンターで、黙々と手を動かしていた。

 レオンハルト様が出て行ってから数分。

 彼の実力なら、追手が何人いようと負けることはないだろう。なにせ、大陸最強の軍事帝国の皇帝だ。


 だから私がすべきことは、心配することではない。

 彼が戻ってきた時に、最高の状態でデザートを提供できるよう準備を整えることだ。


「リクエストは『冷たくて甘いもの』。そして激辛スープの後だから、口の中をさっぱりさせつつ、ヒリヒリした舌を癒やす濃厚なコクも欲しい」


 私の目の前には、一つの巨大な氷塊が置かれている。

 これは今朝の水汲みの際、川の上流にある『氷結洞窟』エリアで見つけたものだ。


 ――スキル《完全鑑定》。


【名称:万年氷エターナル・アイス

【産地:ダンジョン深層・氷結エリア】

【特徴:数千年の時をかけてゆっくりと凍結した、不純物ゼロの純粋な氷。溶けにくく、極めて硬度が高い。】

【味覚特性:無味無臭だが、口に含むとほのかな甘みを感じるほどの純度。雑味が一切ない。】


「普通の氷じゃ、ガリガリして頭が痛くなるけれど……この氷ならいける」


 天然の氷は、気泡を含まずゆっくり凍るため、削ると綿菓子のようにふわふわになるのだ。

 これで**「特製かき氷」**を作ろう。


 ◇


 まずは、かき氷の命とも言えるシロップ作りだ。

 市販のイチゴシロップなんて当然ない。

 けれど、森には宝石のような果実がある。


 私はカゴから『ジュエル・ベリー』を取り出した。

 イチゴとラズベリーを足して二で割ったような、鮮やかな紅色の果実だ。

 これを石臼に入れ、擦り潰す。


 グシャッ、プチプチ。


 果肉が潰れ、濃厚な果汁が溢れ出す。

 酸味が強いこのベリーに合わせるのは、蜂の巣から拝借してきた『キラー・ビーの蜂蜜』だ。

 とろりとした黄金色の蜜を、真っ赤な果汁に混ぜ合わせる。


「これだけじゃ普通すぎる。アクセントが必要ね」


 私はキッチンの隅に生やしておいた『スノー・ミント』の葉を数枚ちぎった。

 手でパンッ! と叩いて香りカプセルを弾けさせ、シロップに漬け込む。

 これで、清涼感あふれる**「ミントベリー・シロップ」**の完成だ。


 次は、激辛で火照った舌を癒やすための「コク」担当。

 かき氷には欠かせない、あの白い悪魔的なソース――**「練乳コンデンスミルク」**を作る。


 材料は、第3話のシチューでも活躍した『ミルキーナッツ』だ。

 殻を割り、果肉を水と共に絞り出した真っ白なナッツミルク。

 これを小鍋に入れ、火にかける。


 ここに、『アンバー・サップ(琥珀樹液)』をたっぷりと加える。

 樹液の香ばしい甘みが、ミルクに溶け込んでいく。


 コトコト、コトコト。


 弱火でじっくり煮詰める。

 水分を飛ばし、糖分と脂肪分を濃縮していくのだ。

 焦げ付かないように、木べらで絶えずかき混ぜる。

 鍋肌についたミルクが、熱でキャラメル色に変化し、甘く芳しい香りを放ち始める。

 これもまた「メイラード反応」の一種だ。


 十分ほど煮詰めると、サラサラだったミルクが、ぽってりとした粘り気を帯びてきた。

 色も純白から、美味しそうなクリームアイボリーへ。


 スプーンですくうと、糸を引くようにトロ~リと落ちる。


「味見……んんっ!」


 舐めた瞬間、脳が痺れるほどの甘さとコク!

 ナッツ由来の香ばしさが、ただの練乳よりも深みを与えている。

 これだけでデザートとして成立しそうな完成度だ。

 これを、冷たい石の器に移して冷ましておく。


 準備は整った。

 あとは主役の登場を待つだけだ。


 ◇


 カツ、カツ、カツ。


 入り口から、足音が近づいてくる。

 先ほどまでの騒音が嘘のような静寂。

 扉が開き、レオンハルト様が姿を現した。


「……ふぅ」


 彼は軽く肩を回しながら入ってきた。

 軍服にはすすや埃がついているが、怪我一つしていない。

 蒼い剣を鞘に納める動作が、憎らしいほど優雅だ。


「片付いたぞ。……つまらん相手だった」


「お疲れ様です。敵の正体は?」


「カイルとかいう愚王子の差し金だ。王家の影騎士団とやらが数名。……俺の『準備運動』にもならん」


 彼は鼻で笑い、カウンターの椅子にどっかりと座った。

 その顔は少し紅潮し、額にはうっすらと汗が滲んでいる。

 激辛スープの発汗作用と、戦闘による興奮ヒートアップが残っているようだ。


「喉が渇いた。……できているんだろうな?」


「ええ、もちろん。最高の氷菓をご用意しました」


 私は『万年氷』をまな板の上にセットした。

 そして、愛用のミスリルナイフを逆手に構える。

 かき氷機? そんなものはない。

 私の剣技(料理スキル)があれば、機械よりも薄く削れる!


 シュッ、シュッ、シュッ、シュッ……。


 静かな廃墟に、氷を削る涼やかな音が響き渡る。

 それはガリガリという音ではない。

 サァッ、サァッ、という、まるで絹擦れのような繊細な音色。


 ナイフの刃が氷の表面を極薄に撫でるたびに、空気を含んだ白い羽毛のような氷片が舞い落ちる。

 器の中に、みるみるうちに銀色の雪山が築かれていく。


「……ほう」


 レオンハルト様が目を細めて見入っている。

 高く、高く。

 器から溢れんばかりに盛り上がった氷の山。


 そこへ、まずは右半分に、真紅の『ミントベリー・シロップ』を回しかける。

 氷の白に赤が染み込み、美しいグラデーションを描く。


 そして左半分には、特製の『ナッツ練乳』をたっぷりと。

 クリーム色の濃厚なソースが、雪山を覆い隠すようにトロリと流れる。


 頂上には、彩りとして『スター・ミント』の葉と、『黄金パイン(の角切り)』をトッピング。


**【料理名:ダンジョン万年氷のふわふわかき氷~甘酸っぱいベリーと特濃ナッツ練乳のあいがけ~】**


「どうぞ。溶けないうちに召し上がれ」


 私が差し出すと、レオンハルト様は冷気漂うその山を見つめ、口角を上げた。


「美しいな。……まるで、故郷の雪山のようだ」


 彼はスプーンを差し入れた。

 サクッ……。

 手応えがない。まるで雲をすくっているようだ。

 ベリーの赤と練乳の白が混ざり合った部分を、大きく口へと運ぶ。


 パクッ。


 その瞬間、彼の肩がビクッと震えた。


「……!!」


 冷たい。

 けれど、頭にキーンと来る痛みではない。

 口に入れた瞬間、フワリと優しく解け、清らかな水へと還る。

 その水が、火照った口内を一気に冷却し、食道を通って胃袋へと流れ落ちていく。

 まるで、灼熱の砂漠に降る慈愛の雨のように。


「……消える。だが、味が強烈に残る」


 彼は目を見開き、舌の上で味わう。

 『ミントベリー』の鮮烈な酸味と香り。それが激辛料理で麻痺しかけていた味蕾みらいをリセットし、爽快感を駆け巡らせる。

 そこへ、『ナッツ練乳』のまったりとした甘さが追いかけてくる。

 濃厚な脂肪分と糖分が、冷たさを包み込み、至福のコクとなって脳髄を直撃する。


 酸味と甘味。

 氷の冷たさと、練乳の温かみのある香り。

 完璧なコントラストだ。


「旨い……」


 彼は夢中でスプーンを動かした。

 二口、三口。

 食べるたびに、彼の身体から放たれていた熱気が引いていく。

 紅潮していた顔色が落ち着き、代わりに瞳が涼やかな光を帯びていく。


 シャリ、フワッ。

 口の中で氷が溶ける感触を楽しむように、彼は目を閉じた。


「氷自体が、違うな。俺の氷魔法で作る氷よりも、遥かに純度が高い」


「ええ、『万年氷』ですから。数千年分のダンジョンの魔素が浄化されて詰まっています。魔力回復効果も抜群ですよ」


 私が説明すると、彼はニヤリと笑った。


「なるほど。ただの菓子ではなく、魔力ポーションの塊というわけか」


 彼はスプーンを止めず、山を崩していく。

 途中で、トッピングの『黄金パイン』を口にする。

 カリッ、ジュワッ。

 半解凍状態の果実のシャリシャリ感と、溢れる果汁がアクセントになり、飽きさせない。

 最後には、器の底に溜まった、シロップと練乳が混ざり合った「極上のジュース」を飲み干した。


 カラン。

 スプーンを置き、彼は長く息を吐いた。


「……生き返った心地だ」


 彼は手の甲で口元を拭い、私を見た。

 その瞳は、戦闘時の殺気も、空腹時の飢餓感もなく、理性的で――そして深く、熱い所有欲に満ちていた。


「セシリア。お前の料理は、俺の心身を支配する」


 彼は立ち上がり、カウンター越しに身を乗り出した。

 私の頬に手を添え、親指で唇の端をなぞる。


「敵は排除した。腹も満たされた。……もう、ここに留まる理由はないな?」


「……ええ。食材もあらかた取り尽くしましたしね」


 この数日間で、スライム、オーク、雷鳥、そしてドレイク。

 めぼしい魔獣は食べ尽くしてしまった。

 料理人としても、新しい食材ステージへ進むべき時だ。


「よし。ならば行くぞ、セシリア」


 彼は私の手を取り、エスコートするように引いた。


「俺の帝国へ。……あそこには、お前を満足させる食材と、最新の厨房を用意させてある」


「最新の厨房……! 魔導コンロやオーブンもありますか?」


「ああ、最高級のものをな。それに、専属の菜園も作らせよう」


 なんて魅力的な誘い文句だろう。

 国を追放された身の私が、隣国の皇帝に溺愛(餌付け?)されて、国賓待遇で迎えられるなんて。

 元婚約者が見たら泡を吹いて倒れそうだ。


「ふふ、分かりました。お供しますわ、陛下パートナー


 私はエプロンを外し、愛用のナイフを太もものホルダーに収めた。

 廃墟を見渡す。

 短い間だったけれど、最高のサバイバル・キッチンだった。


「さようなら、私の隠れ家。……こんにちは、美食の帝国」


 私たちは並んで廃墟を出た。

 外には、気絶してグルグル巻きにされた黒装束の男たちが転がっていたけれど、私たちは華麗にスルーして、森の出口へと歩き出した。


 こうして、私のダンジョン・サバイバル編は幕を閉じ――。たかに思われた。。。


(第1章・完)

最後までお読みいただき、ありがとうございました!

★~★★★★★の段階で評価していただけると、モチベーション爆上がりです!


第2章は近日中に公開します!!

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