第6話 灼熱のドレイク狩りと、コラーゲンたっぷりの激辛テールスープ
「――いたぞ」
レオンハルト様の低く鋭い声が、静寂を切り裂いた。
私たちは今、拠点の廃墟からさらに奥深く、ダンジョンの深層域『焦熱の渓谷』に来ていた。
周囲の岩肌は赤黒く焼け焦げ、硫黄の匂いが立ち込めている。
普通の人間なら立っているだけで脱水症状を起こしそうな熱気だが、今の私には平気だ。
今朝食べた『雷鳥の卵』と『黄金芋』のエネルギーが、身体の内側から熱耐性のバリアを張ってくれているような感覚がある。
「あれが、今日のランチのメインディッシュか」
彼が指差した先。
溶岩が流れる谷底に、巨大な紅蓮の影があった。
全長十メートルを超える巨体。
鋼鉄よりも硬い真紅の鱗に覆われ、背中には一対の翼。
口からは絶えず黒煙を吐き出している。
――スキル《完全鑑定》。
【名称:レッド・ドレイク(亜竜)】
【ランク:A+】
【特徴:高熱のブレスを吐く。鱗は魔法を弾く。】
【可食部:全身(特に尻尾の肉はコラーゲンの宝庫)】
【味覚特性:筋肉質で硬いが、長時間煮込むと極上のゼラチン質へと変化する。骨からは濃厚な出汁が取れる。】
「ドレイク……! ドラゴンの一種ですね!」
私はごくりと喉を鳴らした。
竜種は食材の王様だ。その肉は不老長寿の薬とも言われるほど栄養価が高い。
特にあの太く長い尻尾。
あの中には、旨味が凝縮された骨髄と、プルプルのスジ肉が詰まっているはずだ。
「セシリア、下がっていろ。……黒焦げにはしたくないからな」
レオンハルト様が前に出る。
彼は腰の長剣を抜き放った。
刀身は氷のように透き通った蒼色をしている。
「グルァァァァァッ!!」
ドレイクが侵入者に気づき、咆哮を上げた。
大きく口を開け、喉の奥が赤熱する。
灼熱の火炎ブレスが放たれる――その寸前。
「遅い」
ヒュンッ。
風が鳴ったと思った瞬間、レオンハルト様の姿が消えていた。
いいえ、速すぎて目に見えなかっただけだ。
ザンッ――!!
一閃。
ドレイクとすれ違いざまに放たれた斬撃は、あまりに鋭く、そして冷たかった。
斬られたことに気づかず、ドレイクはブレスを吐こうとして――首が、ずり落ちた。
ドサァァァァッ……!
巨体が地を揺らして倒れる。
切断面は瞬時に凍結しており、一滴の血も流れていない。
完璧だ。血生臭さを広げず、鮮度を保ったまま仕留める、食材(獲物)への最高のリスペクト。
「……流石です、レオンハルト様! 最高の鮮度管理ですわ!」
「フン、褒めるなら味で示せ。……腹が減った」
彼は剣を納めながら、もう空腹を訴えている。
この燃費の悪さ、本当にどうにかしないと国の財政が傾くんじゃないかしら。
◇
拠点の廃墟に戻った私たちは、早速調理に取り掛かった。
今日の主役は、ドレイクから切り出した巨大な『テール(尻尾)』だ。
丸太のように太いそれを、関節ごとに輪切りにしていく。
断面を見て、私は歓声を上げた。
「見てください、この美しい霜降りと、中心の骨髄!」
赤身の肉には網目状のサシが入り、中心の太い骨には、とろりとした髄が詰まっている。
そして皮と肉の間には、半透明の分厚いゼラチン質の層。
「これをただ焼くだけでは硬くて食べられません。今日はじっくり煮込んで、トロトロのスープにします」
まずは下処理だ。
鍋にたっぷりの水を張り、ぶつ切りにしたテールを入れる。
一度沸騰させ、表面の汚れと血合いを取り除く。
ザル(編んだ蔦)にあけ、流水で丁寧に洗う。
このひと手間が、スープの透明度を決める。
再び鍋に肉を戻し、新しい水を入れる。
臭み消しとして、森で採ってきた『ワイルド・ガーリック』の根と、『キリキリ草(生姜の代用)』を叩き潰して投入する。
「ここからは時間との勝負……と言いたいところですが、お腹が空いている皇帝陛下のために魔法を使います」
本来なら三日は煮込みたいところだが、そんなに待たせたら彼が干からびてしまう。
私は鍋の蓋(重たい石板)の上から、両手をかざした。
「《圧力調理》!」
風魔法で鍋内部の気圧を極限まで高め、沸点を上げる。
土魔法で鍋の密封性を強化し、蒸気を逃さない。
擬似的な圧力鍋の状態だ。
シュシュシュシュ……!!
鍋の隙間から、激しい蒸気の音が漏れる。
内部では百二十度を超える高温と高圧が、強靭なドレイクの筋繊維を容赦なく破壊し、ゼラチン質へと変質させているはずだ。
煮込んでいる間に、味の決め手となる「辛味調味料」を作る。
激辛スープには欠かせない要素だ。
取り出したのは、渓谷で採取してきた『マグマ・ペッパー』。
見た目は唐辛子だが、表面が微かに発光しており、触れるだけで指先が熱くなる危険な実だ。
これを石臼ですり潰し、真っ赤な粉末にする。
そこへ、『ワイルド・ガーリック』のすりおろし、『岩塩』、そして『アンバー・サップ(樹液)』を少し加えて練り合わせる。
さらに、コク出しの隠し味として、昨日作った『オーク肉の塩漬け』を細かく刻んでペースト状にしたものを混ぜ込む。
発酵調味料(味噌やコチュジャン)がない今、熟成肉のアミノ酸がその代わりになる。
練り上がったのは、ドス黒い赤色をした特製辛味噌だ。
舐めてみると――。
「んっ……! 辛っ! でも、旨い!」
舌を刺すような鋭い痛みの後に、熟成肉の濃厚な旨味が広がる。
これは食欲を暴走させる味だ。
一時間後。
圧力調理を終え、鍋の圧を抜く。
プシューーーーッ……!!
白い蒸気と共に、濃厚な肉の香りがキッチンに爆発した。
蓋を開ける。
そこには、黄金色のスープが輝いていた。
ドレイクの骨と肉から溶け出した脂が表面に膜を張り、スープ自体は琥珀色に澄んでいる。
肉はどうだろう?
おたまで持ち上げると、骨から肉がホロリと外れそうになった。
「完璧ね」
ここへ、森で採れた『スネーク・ネギ(長ネギに似た野菜)』と『キング・マッシュルーム』をたっぷりと入れる。
そして、先ほど作った『特製辛味噌』を溶かし入れる。
サァァァ……。
黄金色だったスープが、一瞬で凶悪な真紅へと染まった。
グツグツと煮立つ赤黒い液体。
マグマのような見た目だが、立ち上る香りは、ガーリックと肉の旨味が凝縮された、抗いがたい誘惑の香りだ。
仕上げに、溶き卵(朝の雷鳥の卵の残り)を回し入れ、ふんわりと固める。
「お待たせしました!」
土鍋ごとカウンターにドンと置く。
まだボコボコと沸騰している地獄釜のようなスープ。
【料理名:レッド・ドレイクのテールとマグマペッパーの激辛ユッケジャン風スープ】
「……ほう」
レオンハルト様が身を乗り出した。
赤いスープの照り返しで、彼の端正な顔が紅く染まる。
辛い匂いに鼻をひくつかせ、彼は匙を手に取った。
「頂くぞ」
まずはスープを一口。
ズズッ。
その瞬間、彼の眉間が寄った。
「ぐっ……!? 熱い、辛い……!!」
咳き込むかと思いきや、彼は目を見開き、口元を手で覆った。
額に玉のような汗が浮き出る。
「だが……なんだこの旨味は」
辛い。痛いほどに辛い。
『マグマ・ペッパー』のカプサイシンが舌を焼き尽くす。
けれど、その痛みの奥から、ドレイクの濃厚な出汁が津波のように押し寄せてくるのだ。
牛骨スープよりも遥かに強く、甘い脂のコク。
それが辛さを中和し、「もっと飲みたい」という渇望へと変える。
彼は次々とスープを口に運ぶ。
そして、メインのテール肉へ。
骨付きの大きな塊にかぶりつく。
ハフッ、チュルン。
「……!!」
噛む必要などなかった。
唇で挟んだだけで、肉が骨からツルリと剥がれたのだ。
圧力鍋で限界まで柔らかくなったスジ肉は、ゼリーのようにプルプルで、口の中の熱で溶けていく。
コラーゲンの塊が、舌にネットリと絡みつく。
肉の繊維一本一本にまで、激辛スープが染み込んでいる。
「肉が……飲み物のようだ」
彼は骨までしゃぶり尽くし、中のトロトロになった骨髄を吸い出した。
濃厚なクリーミーさが、辛さで痺れた舌を癒やす。
ふと見ると、鍋の底には、まだスープを吸った野菜たちが残っている。
彼は私を見た。
「セシリア。……白いの、はないのか」
「白いの?」
「昨日の……あの、モチモチした麦だ」
「ああ、パール・ウィートですね! ありますよ、炊きたてが!」
私はすかさず、石鍋で炊いておいた『パール・ウィート(真珠麦)』を差し出した。
彼はそれをひったくり、赤いスープの中へ躊躇なく投入した。
――クッパ(スープご飯)の完成だ。
赤い汁を吸って膨らんだ麦を、レンゲで豪快に掬い上げる。
半熟になった卵も一緒に。
ガツガツッ、ハフハフッ。
男らしい咀嚼音。
汗だくになりながら、彼は一心不乱に食べ続ける。
軍服の襟元を寛げ、首筋を汗が伝う姿は、妙に色っぽい。
「はぁ……はぁ……」
完食。
最後の一滴まで飲み干し、彼は荒い息を吐いた。
顔は上気し、全身から湯気が上がっているようだ。
『マグマ・ペッパー』の発汗作用と、ドレイク肉のスタミナ効果で、代謝が爆上がりしているのだろう。
「……凄まじいな」
彼は空の鍋を見つめ、濡れた瞳で私を見た。
「身体の中が燃えているようだ。だが、不快ではない。力が……底から湧き上がってくる」
ドクンッ。
彼の身体から、赤い闘気が漏れ出した。
魔力酔いの冷たさは微塵もない。今の彼は、太陽そのもののような熱量を帯びている。
「セシリア。このスープ、気に入った」
彼はニヤリと笑い、私の頬に触れた。
その指先は驚くほど熱かった。
「帝都に戻ったら、これを軍の糧食に採用する。……お前が指揮を執れ」
「えっ、軍隊の給食係ですか!?」
「不満か? 俺の兵士たちは貧弱な飯しか食っていない。お前の料理があれば、我が軍は無敵になるだろう」
彼は本気だ。
この激辛スープを飲んだ兵士たちが、雄叫びを上げて突撃する光景が目に浮かぶようだ。
それはそれで……料理人としては面白いかもしれない。
その時。
私の《探知》スキルが、ピクリと反応した。
ダンジョンの入り口付近。
複数の人間の気配。
それも、ただの冒険者ではない。殺気を含んだ、組織的な動きをする集団。
「……お客様のようですね、レオンハルト様」
私が告げると、彼は瞬時に表情を「皇帝」のものに戻した。
瞳から甘い熱が消え、凍てつくような冷たさが宿る。
「フン、嗅ぎつけてきたか。……ちょうどいい」
彼は立ち上がり、蒼い剣を軽く鳴らした。
「食後の運動にはもってこいだ。セシリア、デザートの準備をして待っていろ」
「あら、ご希望は?」
「冷たくて、甘いものだ。この口の中の炎を鎮めるようなな」
言い残し、彼は風のように廃墟を出て行った。
その背中を見送りながら、私は調理場へ戻る。




