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黄昏の国で吸血鬼は嗤う  作者: 惰浪景


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第20話

 ――クソ、クソッ、クソッ!


「くそがッ!!!」


 執務室を飛び出したレイナルトは苛立っていた。

 荒々しく床を踏み鳴らす音が廊下に響く。


 ――王族である俺が傷を負ったのだぞ!!


 ラディウスの冷たい表情を思い出すたび、奥歯が軋みそうなほど歯噛みした。

 

「父上も父上だ……!まずは息子の無事を喜ぶべきだろう!」


 父である国王がレイナルトに視線を向けたのは扉を開けて中に入ったほんの一瞬だけだった。

 息子の傷の具合や心配する言葉は一切なく。


 書類とラディウスを交互に見ているだけで――


 ただ、同じ言葉を繰り返していた。


「次期国王はこの俺だぞ……!」


 なのに――

 なぜ、こうも思い通りにならない……!

 マレフェクの仇を取ってやろう。

 ラディウスもきっと、そう言ってくれると思っていたのに。


「防衛などと……腰抜けが……!」


 一人相手に尻込みするとは、情け無い奴だ!

 顔を真っ赤にしながら、廊下を歩くレイナルト。


 その噴火寸前の表情に、通りかかった侍女たちが慌てて道を開ける。

 

 あんな吸血鬼、一万の軍勢が有れば容易く葬れるだろう……!

 レイナルトがそう思い、拳をきつく握りしめたその瞬間。


 脳裏に、ネクレシアの姿が思い浮かび、あの時の恐怖の残滓が蘇る。

 ゾワリと悪寒が走り、震え上がる背筋にレイナルトは鼻息を荒くする。


 彼はどうしても、己が恐怖を抱いていることを認めたくなかった。


 ――その結果。


 ガッシャァァン!!!


 近くにあった花瓶を衝動的に薙ぎ倒した。

 

 生けてあった花が無惨に床に転がり、カーペットに砕けた破片が四散する。

 レイナルトはそれを見て、小さく笑みを浮かべたが――

 

 廊下に敷いてあるカーペットにできた花瓶の水が作った染み。

 それがどうしても己の粗相を彷彿とさせた。


「クソがッ!!!」


 そして、転がった花を靴で踏みにじろうとした――その時。


「その花瓶は民一人が一生暮らしていける額のものですよ、殿下」


 レイナルトの背後から、静かながらも芯がある声がかかった。

 振り返ると、そこには水色のドレスを身に纏った金髪の美女が立っていた。

 

 レイナルトを冷ややかな目で射抜き、扇で口元を隠す彼女。


「何か用か?ローゼンベルク公爵令嬢、俺は今、虫の居所が悪い」

「婚約者を相手に用がなければ話してはならないと?」

「俺が望んだ婚約ではない。ローゼンベルクとの関係がなければすぐにでも破棄してやりたいほどだ!」

「あら奇遇ですわね」


 本当に顔が良くても全くそそられない。

 ベッドに組み敷く気など微塵も湧かない生意気な女だ。


 レイナルトは心の中で、そう吐き捨てる。


「ところで、殿下」

「まだ何かあるのか?」

「以前話していた、私の父を宰相にするよう陛下に口添えをしてくださるというお話、どうなりまして?」

「あぁ……?」


 そんな約束をこの女相手にしたか?

 レイナルトは眉を寄せ、視線を彷徨わせる。


 ――思い出した。


 以前、婚約者同士でお茶会などと下らぬことをしていた時のことだ。

 貧民街の困窮や七侍会の腐敗がどうだのと、つまらない話ばかりするので適当に相槌を打っていた時――。


 何かそういうことを言っていたかもしれない。


「あれは却下だ」


 あんな、相手が聞きもしていない話の途中で宰相などと――

 性格が悪いにもほどがある!


 レイナルトは心の中でそう憤慨した。


「なぜでしょう?政治の安定のため、宰相は必要かと思いますが?」

「それはお前が判断することじゃないだろう」


 父が要らぬと言っているのモノをずけずけと……

 そもそも、思惑などお見通しなのに、“国のため”などと良くも出てくるものだ。


「大体、お前たちは公爵家の連中は宰相、宰相とうるさい、権力が欲しいだけだということはわかっているのだ」


 ラディウスや七侍会の連中が政治を握った方が遥かにマシなのに。

 何をこんなに必死になっているんだ?


「権力を欲しているのではありません、このままではこの国は……」

「もう良い、お前の御託は聞き飽きた」


 ――俺は気が立っているのだ。

 こんな奴の相手はしておれん。


 レイナルトはそう思い、踵を返して歩き出した。


「お待ちください!殿下!!」


 必死に呼び止めようとする声が背後から響く。

 それを無視して、そのまま歩き去る。


 そのことに少しだけレイナルトが優越感を感じた時。


「ズボンに染みのようなものが……!」


 ピクリと肩が跳ねた。


「お前!どこでそれを!」

「あら?近衛で“お漏らしレイナルト”などと揶揄する声がありましたけれど……本当でしたの?」

「下らぬ噂だ!そんなものに惑わされおって!」


 こめかみに青筋を浮かべながら怒鳴り声をあげるレイナルト。

 それにローゼンベルク公爵令嬢――エリシアがわざとらしく怯えた仕草を見せた。


「あら怖い。ではご機嫌よう」

「とっとと、失せろ!」


 レイナルトは背中を向けて去っていくエリシアを憎悪込めて睨みつけた。

 ――全く、どいつこいつも!!


 彼の苛立ちは頂点に達していた。

 マレフェク伯爵が居なくなった今、彼に苛立ちをぶつける女を献上する者は存在しない。

 

 レイナルトの苛立ちは溜まる一方だった。


 ――今夜、適当に侍女を襲ってしまうか。


 俺は王子だ、誰も文句は言えまい。

 そんな下衆な考えが浮かんだ瞬間――。


 突如、彼は背後から抱きしめられた。

 

「レイナルト、傷はもう大丈夫なのかえ?心配したのじゃぞ」


 最初は、怪訝な表情を浮かべた彼だったが。

 腕を通して伝わる温もりと、柔らかい声音に――自然と笑顔が浮かんだ。


「母上……」


 視線を後ろにやれば、慈愛に満ちた表情を浮かべる王妃の姿があった。


「聞いてください、ラディウスのやつ、私が怪我を負ったのに、傷を負わせた魔物を討伐するのではなく、町を防衛するなどと……」

「うむうむ、ラディウスのやつにはよーく言って聞かせねばならぬな」


 ここにきて、初めて自分を肯定してくれる存在の登場だった。


「じゃがな、ラディウスも表情には出ぬだけでちゃんとお主のことを想っておる」

「そうだと良いのですが……」

「陛下も不器用なだけで、寝所ではレイナルトのことを心配しておった」

「本当ですか……!?」

「本当だとも、だから……」


 そして王妃は、腕を解くと、レイナルトの背中を力強く叩いた。


「もっと堂々とせんか!レイナルト!」


 その激励に、レイナルトは感極まったように背筋を伸ばす。


「はい!母上!」

「うむ、また何かあったらいつでも母に言いなさい」

「ありがとうございます!」


 そう言って歩き出した彼の顔は憑き物が落ちたように晴れやかだった。

 王妃はその背中を慈愛に満ちた笑顔で見送る。


「まるで子犬じゃな……」

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