表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
黄昏の国で吸血鬼は嗤う  作者: 惰浪景


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

19/21

第19話

 ネクレシアたちが、オークキング討伐を終えた頃――。

 アリトリシア王国、王都エヴァリア。


 肥沃な大地の中央に築かれた堅牢な城壁に囲まれた大都市。

 大通りには商人たちの馬車が行き交い、露天商たちの活気ある声が通りを賑わす。

 

 ――しかし、その裏通りへ足を踏み入ればその様相は一変する。

 路地には痩せこけた浮浪人が壁に凭れ静かに夜を待つ。

 日が落ちれば彼は野盗となり、街を荒らすのだ。


 そんな彼らが住まう薄汚れた貧民街は王都が抱える闇を静かに映し出していた。

 

 その、王都の中心部に構えるいくつもの尖塔が聳える優美な王城――。

 その王の執務室に落ち着いた男の声が響いた。


「陛下、近頃、王都では税収が落ちております」

「そうか」

「最近は民たちは怠けて、勤勉さを失っております」

「そうか」

「そこでなのですが……」


 国王のグロッソ四世が適当な相槌を打つなか。    

 彼の左側に控える男はそれを全く気にも留めずに続けた。


「怠惰は良くありません、民の娯楽である酒類や甘味などに課税すべきと考えます」


 重税で苦しむ民のわずかな心の拠り所を容赦なくへし折る――

 王国侍従長ラディウスはそう告げて国王を真っ直ぐに見据えた。


 それにグロッソ四世は一つ頷きを返す。


「うむ、そうせい」

「では、書類はすでに用意してあるので署名をお願いいたします」

「うむ」


 王がペンを走らせる音だけが静かな室内を満たす中。

 ――その静寂を打ち破り、扉が勢いよく開かれた。


「父上!直ちにネクレシア討伐の軍を起こして下さい!」

 

 国王は机に落としていた視線を上に向けて片眉を吊り上げた。


「レイナルト、随分と早い帰りだな」

「急ぎ報告せねばならぬことがあったので」

「そうか」


 国王は虚ろな目をラディウスへと向けた。


「その件でしたら、密偵から報告を受けています。シルヴァレンにネクレシアが現れ、マレフェク伯爵が殺害されたそうです」

「なんと……マレフェクが……」


 ずっと自分の側で食事の管理や薬などの面倒みてくれていた側近の死。

 自らを様々な面で支える七侍会に欠員が出た。


 国王はそのことに落胆の色を隠せなかった。


「その上、奴は王族である俺に刃を向けたのです!すぐに討伐軍の編成を!」


 レイナルトがラディウスの言葉を引き継ぐように畳み掛けたが――


「討伐軍を起こすのは時期尚早かと」


 それはラディウスに遮られたのだった。


「なぜ!?」


 激情のままに唾を撒き散らすレイナルト。

 対するラディウスは表情ひとつ動かさない。


「ネクレシアと対峙するには情報が少なすぎます、財政が逼迫する中でリスクを背負うのは避けた方が得策かと」

「だがそれでは王国の権威が……!」

「それも一理です。――そこで、献策いたします」

「うむ」


 町に厄災級の魔物が現れたのに、それを放置した。

 そんな風聞が立てば、諸外国から“アリトリシアには碌な戦力が居ない”と侮られるだろう。

 

 かといって、騎士団の補給を賄えるだけの戦費は今の王国には無い。

 さらに、ネクレシアの力量も弱点もわからぬまま突撃して失敗すれば――

 それこそ権威の失墜だ。


 ラディウスの頭の中で様々な策が冷静に組み上げられていく。


 そして――


「四大公爵家を中心とした諸侯にシルヴァレン防衛の詔を出します」


 彼が考えたのは、王家直轄の戦力を一切動かさないことだった。

 四大公爵家は七侍会の専横を快く思っていない。


 そこで、彼らの軍をシルヴァレン防衛の大義で動かすことで公爵家の財力を削る。

 そして、“討伐”ではなく、“防衛”としたのはネクレシアとの直接的な対峙は避けたかったからだ。


 あくまでも守備隊として軍を派遣してそこに長く留まらせる。

 そうすることで補給に余計な銭がかかり、諸侯の財政を圧迫できる。

 

 その間に、ネクレシアの情報を集めて、懐柔か、討伐――あるいは放置かを決めればいい。


 まさに、完璧な策だ。


 ラディウスは己の考えを自画自賛した。


「うむ、そうせい」


 王は特に、その意図を理解した様子もなく、ただ頷いた。


「では、すぐに勅命出せるよう手配して参ります」


 ラディウスが踵を返し、静かに退室しようとした、その時――


「待て!」


 背後から鋭い声が響いた。


「目的は防衛ではなく、討伐にすべきだろう!奴はこの俺に傷を負わせたのだぞ!」


 ラディウスが振り返ると、レイナルトが血走った目で睨みつけていた。


「相手はたかが一人だ!万の軍勢が揃えば討ち取れるだろ!」


 激情に任せて叫ぶ王子。

 ラディウスは、それをどこか冷めた目で静かに見つめていた。


「殿下、戦で相手を侮ることは禁物です。何の情報もなく突撃はできません。」


 そして――ゆっくりと頭を下げた。

 

「どうかご理解を」


 激情を諌めるように響く穏やかな声音。

 レイナルトは拳を握り締めると、そのまま、足早にラディウスの横を通過した。


 バタン。


 扉が勢いよく閉まる音が室内に響く。


「では陛下、私もこれにて、失礼いたします」

「うむ」

 

 ラディウスは落ち着いた動作で一礼し、ゆっくりと扉を閉めた。

 執務室を出て、綺麗に磨き上げられた大理石の廊下を歩く。


 すると、正面からこの国の国教――セラフィナ教の司祭が歩いてきた。

 二人は一言も交わすことなくすれ違う。


 刹那。


 互いの視線が交差し、二人の口元が僅かに弧を描いた。

 ラディウスと入れ違いでやってきた男。


 七侍会の一人で王宮の特別司祭、アベラルドが執務室のドアをノックする。


「陛下、アベラルドでございます」

「おぉ!アベラルド!中に入れ!」


 先ほどまで生気を感じさせなかった国王の声。

 それとはまるで違う、嬉しそうな声音が廊下まで響いた。


「失礼します」


 アベラルドは貼り付けたような笑みを浮かべながら執務室の扉の向こう側へと消えていったのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ