第18話
復讐の炎、それは長い時を孤独に過ごしてきたネクレシアにはよくわからなかった。
でも――
その炎に身を焦がし、血を沸騰させるクレアは、美味しそうだった。
ネクレシアの瞳孔がほんのわずかに細くなる。
――復讐の味。一体どんな風に私の舌を刺激するのかしら?
クレアの背筋がぞくりと震え上がった、その時。
シエナがオークキングの首筋にナイフを突き立てた。
首から噴水のように血を吹き出し、一瞬で絶命するオークキング。
クレアは唖然と、それを眺めるしかなかった。
「どうして?」
仇を取らせてくれなかったのか?
クレアの目が、そう訴える。
「ごめんなさい、手が滑りました」
あまりにも苦しい言い訳を放つシエナ。
そして、恐る恐るネクレシアの方を伺った。
――彼女は口角を上げ、僅かに笑みを浮かべていた。
怒ってはいないみたい。
シエナはホッと胸を撫で下ろす。
ネクレシアが吸血の前にする、獲物を見定める視線。
それがクレアの方を向いた気がして咄嗟に手が動いてしまった。
「シエナ、あなた……まぁいいわ。そこの女」
「は、はい」
「シエナに感謝することね、今、あなたは救われたのよ」
「え?ええ……」
状況がイマイチ掴めず、クレアは戸惑いながら頷いた。
それを見てネクレシアはシエナへと視線を戻すと、ゆっくりと彼女へ歩み寄る。
「シエナ」
「は、はい」
「大丈夫だった?」
「……え?」
そして、シエナの首筋に顔を寄せ、指先でそっと撫でた。
「あざになってるわね……」
労わるように優しく撫でる手つきにシエナは胸の奥からむずがゆさが込み上げる。
首元にかかる吐息に彼女の心臓がどくどくと音を立てた。
「あの、ネクレシア様……」
「なに?」
「ち、近いです!」
「別に食べたりしないわよ」
ネクレシアの長い睫毛と白く整った鼻筋。
その美しさはシエナの中の何かを静かに燻り続けていた。
一方でそれを見守っていたクレアは小さく息を呑んだ。
「ネクレシア……?」
よく吟遊詩人が口にする名前だ。
クレアは、その詩に詠われる真祖の吸血鬼と目の前の少女の外見が全く一緒だということに気付いたのだ。
――まさか。
汗が一筋、クレアの頬をつたう。
「そうだわ!」
突如上がったネクレシアの声に、クレアはビクリと肩を震わせる。
「オーク共の宝の中に服や武器があったのよ」
そう言うとネクレシアはシエナの足元から頭までを視線でなぞった。
ボロボロだった侍女服はもはや、原型を留めていない。
――とてもじゃないけど、私の下僕に相応しい姿ではないわ。
ネクレシアは早くシエナに新しい衣服を着せたかった。
一方で――
「人のものですし持ち主に返してあげた方が……」
シエナはそんなことを気にしていた。
「持ち主はみんな死んでるわよ、ほら、早く行くわよ」
ガシッ。
ネクレシアはシエナの手を掴むとそのまま引っ張り始めた。
しかし――しばらくして。
「あら?何処から来たのだったかしら?」
ネクレシアはすぐに道を見失った。
足を止めたネクレシアは、額を指でトントンと叩きながら唸っている。
「さっき、ご自分で歩いて来た道ですよね?」
「えぇ、そうよ、豚の後について来ただけだからよく覚えてないの」
――この人、すごい方向音痴なのでは?
シエナの胸中にそんな疑問がふと湧きあがる。
なぜ、クレアを助けに行ったとき、すぐに現れなかったのか。
シエナはその理由をなんとなく察した。
「あの〜……」
最後尾を歩いていたクレアが小さく声をかけた。
「なに?」
「私でよかったら案内しましょうか?オークキングのいた部屋なら覚えてます」
「あら、そう、なら案内しなさい」
「はい」
こうして、三人組の先頭がクレアに変わった。
時折、ちらりと後ろを振り返りながら迷うことなく洞窟を突き進むクレア。
ネクレシアはシエナの手を握ったまま、そのあとを追う。
「あの、お二人はどういうご関係なんですか?」
「シエナは私の下僕よ」
人間と主従になっている吸血鬼なんて、いるわけがない。
クレアの胸の奥に、なんとなく希望が湧いてきた。
――きっとたまたま外見の特徴が同じ名家のお嬢様なんだ。
クレアはそう思った。
「そうなんですね、ご主人様の方は何処かの名家のご出身ですか?」
受けた恩は返さなければいけない。
それがクレアが商人として叩き込まれた信条だった。
「私は人間ではないわよ」
その一言にクレアが凍りつく。
「へ、へぇ〜、も、もしかして、吸血鬼とかですかね〜?」
「あらよくわかったわね」
一瞬だけ抱いた希望が粉々に砕かれて、クレアから表情が抜け落ちる。
“真祖の吸血鬼ネクレシア”
そんな存在に背中を向けて歩いているのがたまらなく恐ろしかった。
「そ、そうなんですね〜、それで、お二人はここで何をしてたんですか?」
「何って討伐依頼に決まってるじゃないの」
討伐依頼……?ネクレシアに?
そんな依頼を出せるような存在がこの世にいるのか……
クレアはごくりと唾を飲み込んだ。
もし、ネクレシアに依頼を出してそれを受諾させるような存在がいるのなら――
その“誰かを”聞きだす価値はきっとある。
「ちなみに誰の依頼だったんです?」
「誰って、そんなの冒険者ギルドに決まってるじゃないの」
「え!?冒険者ギルド!?」
思わぬ回答に、バッと音がしそうな勢いでクレアが後ろを振り返る。
すると、ネクレシアは胸元から一枚の冒険者証を取り出した。
「えぇ、私たち冒険者なの」
金色に輝くそれを、クレアは思わず覗き込む。
「Aランク冒険者……うそ……」
「Sランクにしてくださいって言ったんですけど、本部の承認が要るからって断られたんですよ」
愕然と目を見開くクレアにシエナが的外れなコメントをする。
そんなやりとりをしていると、一行はオークキングの部屋にたどり着いたのだった。




