第2章 1983年・夏・日本
Kynoは日本の中部地方のとある山間部にある小さな町で生まれ育った。日本の夏はかなり暑く、その年の夏もかなり暑かった。空はどこまでも突き抜けるように青く、遥かかなたには、縦に長い大きな積乱雲が浮かんでいた。Kynoは地元の中学生であり、その町で生まれ、ずっとその町で育ってきた。その町以外のことはあまり良く知らなかった。テレビで見る情報がほとんど全てである。Kynoは学校では、サッカー部に所属していた。そして、その夏はサッカーワールドカップがスペインで開催されることになっていた。問題は、全ての試合が、時差の関係で深夜放送だということだった。これでは、深刻な睡眠不足になってしまう。ただでさえ、毎日ひたすら眠いのに、これで深夜放送まで見ていたら、睡眠不足で死んでしまうのではと思った。しかも、我が家にはビデオデッキなどという高級品は存在していなかった。サッカー部の友達も誰もビデオデッキがなかった。そもそも、サッカー部を選んだのは、サッカーシューズ以外、ほとんどお金がかからないという理由から選んだのだった。練習は、普段の体操服でもできたし、試合のときのユニフォームは学校で準備してくれた。もちろん、練習につかうボールも学校にあったので、それを使っていた。
それにしても、サッカー部の男子というのは、まったく女子にもてなかった。女子に人気のあるスポーツは、野球、バスケ、バレーボールなどで、サッカー部の男子なんか全く眼中にないようである。それでも、Kynoはサッカーが好きだった。ただ、クラスの女子のなかで、一人だけ馬が合う女子がいた。Naomiという、色白のぼっちゃり系の女子だった。いわゆる、かわいい系の女子で、男子にも人気があり、女子の1軍グループの中心メンバーだった。なぜ、そんな女子と自分が仲が良いのか不思議だったが、彼女とは学校内でも、よく話をしていた。男子の親友は、Jayというこちらも1軍系の男子だったが、彼は集団行動は苦手なようだった。JayとNaomiも仲が良く、時々3人でつるんでおしゃべりをしたりして過ごした。なぜか、JayもNaomiも学業は優秀で、二人とも毎回試験があるたびに、学年の3番以内に入っていた。同じ学年の生徒数が、約300人だったのを考えると、彼らはかなり優秀である。しかもJayはバスケ部のキャプテンだったし、Naomiも卓球部ではレギュラー選手として活躍していた。それに比べKynoはスポーツこそ、サッカー部でレギュラーとして活躍はしていたが、勉強のほうはさっぱりだった。
Naomiは市内の由緒あるお寺の長女として生まれ、兄と弟がおり、祖父、祖母とも暮らしていたので、3世代の大家族だった。Naomiは幼い時に、大病を患ったことがあるらしく、1年近く入院していたことがあるらしい。その時に、いろいろと不思議な夢を見たり、本人いわく体が宙に浮いて、いろんな町に飛んで行って、上空からそれらの町を見てきたとも言っていた。ある日、もう医師からも手の施しようがないと言われ、家族全員でNaomiを囲んで最後のお別れをしたらしい。だが、その後本人の容体がいきなり持ち直し、奇跡的に意識を取り戻したということだった。本人は、その瞬間までの自分の様子を、病室内の天井近くに浮かんで見つめていたと言う。そして、その時、彼女の隣には、顔がはっきりと見えない人たちが数人浮かんでいたらしい。なぜか、彼女はその人たちのことが全く怖くなかった。医師が、両親に最後の容体の説明をしているようだったが、その後母が号泣している姿が見えた。だが、宙に浮いている彼女には、自分が死ぬという感覚は全くなかったらしい。彼女には、彼女がもう間もなく容体を持ち直し、回復するということがなんとなくわかっていた。となりにいた人のような存在が彼女にささやいた。
上の存在(Regnos)「君は、存在していると同時に存在していない。君は、生きていると同時に死んでいる。でも、それは君だけじゃなくて、この世に生を受けたもの全員が背負っている運命なのだ。」
ある放課後の教室のなかで、Naomiが大病から生還したときの話をし始めた。いつもは、他愛もないような会話になるのだが、その時は、なぜかNaomiがその時の話をぽつぽつと話し始めたのである。彼女は、不思議な存在と会話したときのことを話し始めた。
Naomi「でも、私は生き返るのだよね。」
上の存在「生き返るというのが適切な表現かどうかはわからない。要するに、生と呼ばれる状態に戻るだけだ。今この瞬間、君は生と死の世界に同時に存在している。」
Naomi「よくわからないけど。生の世界に戻るってことでしょ。」
上の存在「戻るかどうかは、君の意思がきめることだ。最終的には、君の意思がどちらに傾くかだ。」
Naomi「まだ死にたくはない。他にやりたいことがたくさんある。なぜか、ずっとやらなければいけないことがあるってわかっているけど、それが何なのかわからない。」
上の存在「それは、君がかつて過ごした生からの記憶が残っているからだ。君が何かをやりとげることなく亡くなったからだ。その時の記憶がまだ残っているのだ。」
Naomi「すごく寒い人通りのない道路を一人の男の人と話しながら歩いているの。そして、二人ともすごく不幸で、なんとかしてそこから逃げなければって。」
上の存在「それは前世の記憶としておこう。場所は、欧州だ。まだ君にはわからないが、その昔、欧州で大量の人たちが殺された。」
Naomi「逃げないと。なんか、胸に星をふたつ重ねたマークというか印みたいなものが貼られている。私もその一緒の男性も。彼は私のことを愛しているようだし、私も彼のことを愛しているよう。」
上の存在「もう戻る時間だ。さあ、行きなさい。」
Naomiはおぼろげながら、その時の記憶が残っていると言っていた。不思議な話である。KynoとJay以外には、その話はしたことがないらしい。
Kyno「それは、夢を見たってことか。」
Naomi「夢ではないの。なぜか、その時の記憶だけが、私の中にずっと残っている。で、私なりにいろいろと調べてみたけど、あの胸の印は、イスラエルって国の国旗の印だった。」
Jay「イスラエル?あのユダヤ人の国のことだよな。」
Kyno「名前は聞いたことあるけど、でも、その記憶は欧州での出来事なのだろ。」
Naomi「そう感じる。すごく寒くて、町には同じような白い壁と茶色い屋根の建物が整然と並んで建っているの。工場か倉庫のような感じ。道は、それらの建物を碁盤の目のように区切るように通っていて、舗装はされていたようだけど、路面はあちこち穴が開いていて。そして、なぜかその隣の男性も私も金髪の白人なの。」
Jay「で、その女性がNaomiだってことか?つうか、お前ガチで日本人じゃんか。」
Naomi「そう、その女性は私。なぜかって言われると説明できないけど、その女性は私なの。」
Kyno「で、その男性は?誰?」
Naomi「多分、Kyno君」
Kyno「いやいや、俺海外行ったことないし。欧州なんて多分死ぬまで行くことないし。」
Jay「俺は登場しないのか?」
Naomi「なんか、その宙に浮いていたときに隣にいたのが、Jay君のような気がする。」
Kyno「で、そのやりたかったことって何なのだ。」
Naomi「すごく、普通のことがやりたかっただけだと思う。思うというか、そう感じる。普通に大学に行って、普通に恋愛して、普通に家庭を持って。多分、その私の前世と思われる記憶には、そういった感情の強さを感じる。」
Jay「要するに、そういった普通の人生を送ることさえも許されていない人たちがいた時代があったわけだ。」
Naomi「そうその悲しい歴史の一部が、私の中に遠い記憶の残照として残っているみたい。」
Kyno「なんか、昔別の国で生きていた人の記憶が、この現代日本の中3女子のなかに残っているっていうのは、不思議だよな。」
普段のNaomiはものすごく明るい女子で、学校でも人気者だった。男子からももてていたが、後輩女子にもNaomiのファンみたいな子がたくさんいた。そんなNaomiから、思いもよらない話が出てきて驚いた。Kynoはあまり、そういう前世とかいうものは信じないが、彼女は実家がお寺であるせいか、いわゆる輪廻転生というような考え方には抵抗がないらしい。いつか、その記憶に残っているカップルを特定してみたいと考えているらしいが、それもかなり難しいような気がする。なんせ、手がかりは彼女のうっすらとした記憶だけである。彼女には、そのカップルの姿形がわかるが、それを他人にどう説明できるというのだろうか。似顔絵スケッチでも作成して、欧州の街角で配るのか。欧州といっても、いろんな国があるし、国々で言葉も違うだろう。そもそも、その男女が実在の人物であったかどうかさえわからない。彼らは、彼女の夢の中に出てきた彼女の無意識が作り出した人物たちであって、実在の人物ではない可能性のほうが高いような気がした。ただ、Naomiの中では、相当はっきりとした夢だったらしく、彼女の脳裏にはっきりとその光景が焼き付いているようである。
一方のJayは普通のサラリーマンの家庭で姉が一人いる。Jayの父親は、地元の電力会社に勤務しており、かなり堅い感じの両親に育てられていた。KynoはJayとは違って自営業の両親のもとに生まれ、弟がひとりいたが、典型的な4人の核家族だった。よく、お互いの自宅に集まって、一緒に勉強をしたり、お互いが持ち寄ったレコードを聴いたりした。JayもNaomiも上の兄弟がいるので、彼らから借りてきたレコードを聴いたりしていた。3人とも音楽が好きだった。3人とも好みは少し違っていたが、普段聴かないような音楽を聴くのも悪くはなかった。Kynoは特に、Naomiが彼女の兄から借りてくるジャズのレコードが好きだった。ビル・エヴァンス、エリック・ドルフィー、スタン・ゲッツ、アーマド・ジャマルなど、名前を聞いただけで、なんか興奮してくるのだった。
JayはNaomiと違って、あんな奇妙な体験はないようだった。とにかく、勉強している感じは全くないにもかかわらず、学業は極めて優秀である。苦手な科目もないらしく、どの試験もほぼほぼ満点をとってくる。しかも、放課後はバスケ部の練習で、遅くまで体育館にのこって、かなりハードな練習をしていた。授業中は、寝ていることが多かったが、先生も彼の優秀さがわかっていたため、あえて起こさずに放置していた。彼は、あまり大勢でグループ行動をすることは苦手のようだった。そこはKynoと同じようなタイプであったため、Kynoとは親友だった。ふたりとも、特定のグループには属さず、どの同級生とも同じようにつきあった。彼の存在は、Kynoにとっては頼もしかった。彼もNaomiの話はとても不思議に感じたらしいが、なんかいろいろとそのイスラエルとかユダヤ人とかについて調べてみたようである。いわゆる、ナチスによるユダヤ人の大量虐殺の歴史についても、深堀して調べたようである。彼も一度夢中になると、とことん追いかけるタイプである。市内の図書館から、それらに関する歴史書を借りてきて、次々と読破していった。歴史書を読みつくすと、今度はその時代に生きた、哲学者の書籍も読みだしたようである。ハイデガー、アーレント、ヤスパース、フッサールなどの原書を読んでいたようだが、中学3年生が読むような本ではないと思った。Kynoもハイデガーの本をJayに見せてもらったが、さっぱり理解できなかった。彼は、アーレントのアイヒマンに関する本には、衝撃を受けたと言っていた。ただ、Kynoには何がどう衝撃的なのか、さっぱり理解できなかった。
その年の6月から7月にかけては、深夜のワールドカップを見るために、毎日寝不足が続いた。ワールドカップに出てくるような選手のプレーは、それこそ魔術のようだった。そして、今年は中学生最後の年だった。サッカーの県大会が夏に始まるのである。やがて、そうこうするうちに、夏休みがやってきて、8月生まれのKynoは15歳になった。サッカーの県大会があり、決勝まで勝ち進んだ。準決勝の相手が、県内で一番強いチームだったが、PK戦の末なんとか勝ち切った。そして決勝は、同じ市内にある中学校との試合だった。そして、その試合もなんとか1-0で勝ち切り、彼らのチームは全国の地域ブロックの大会に進出した。この中部地方ブロック2で2位以上になれば、全国大会に進出することになる。地方ブロック大会のため、バスに乗って延々と5時間離れた他県の会場に向かった。移動日はそのまま旅館に泊まり、翌日は2試合戦うことになっていた。午前中の試合にはなんとか勝てたが、午後の試合で負け、そのまま帰宅することとなった。結局、戦績は3位ということで、夏の大会は終わってしまった。あと1勝で全国大会だったのだが、それも終わってしまった。あとは、全員高校受験に専念することになる。ただ、勉強嫌いのKynoにとって、残りの夏休みは、まだまだ他にやりたいことがたくさんあった。
中学生としての夏休みは、Kynoにとっては、友達と川に出かけて一日中泳いで遊べる楽しい時期でもあった。サッカーの大会も終わったし、今年の夏休みは、例年通り、川で泳いでほとんど毎日を過ごした。いつもアルミホイルに包まれたジャガイモを2つと、新聞紙の切れ端に包んだ塩、そして水筒に入れた麦茶を持って、サッカー部の友人たちと川で待ち合わせをするのだった。空は、突き抜けるように青く、川辺の大きな岩は、白く光り、眩しいほどだった。川に着くと、早速火を起こし、その中にアルミホイルに包まれたジャガイモを放り込んだ。そして、シャツを脱いで、自転車のカゴに放り込むと、準備運動もなくそのまま川に飛び込んだ。すでに、5人くらいの同級生や、学年の近い子供たちが川で泳いでいた。深さは、おそらく3メートルくらいはあるかと思う。水中で、目を開けると、ぼんやりと川魚が流れに逆らって泳いでいるのが見える。もちろん、手づかみで捕らえられるような魚はいない。手を伸ばせば、すぐに水中の向こう側に逃げて行ってしまう。流れがあるせいか、一旦水中にもぐって、水面に上がってきたときには、かなり川下に流されているが、再度岸に上がり、川上まで歩いて戻って、同じ場所に飛び込んだ。水の中では、友人同士でじゃれあっており、Kynoも時々年上の友人の兄貴に頭を押さえられて沈められたりしていた。そうこうするうちに、腹が減ってくる。岸に上がり、先ほどジャガイモを放り込んだ焚火のところに戻る。他の連中も、ジャガイモを放り込んでいるので、どのイモが誰のものかさえわからない。近くで拾った木の枝で、焼けていそうなイモを2つ取り出し、持ってきた塩をかけて食べる。ほくほくで美味いが、太陽からの日差しも強く、汗がだらだら出てくる。
ある日、いつものように川で泳いでいた。Kynoはいつものように息を止め、川底まで潜った。水の中で目を開けて、まわりを見てみた。あたりには、川魚が何匹も流れに逆らって泳いでいる姿がぼんやりと見えた。いつも水中メガネは使わないので、あまり細かい様子は見えない。するとそのうち、川底が急に明るくなり、Kynoの前にいきなり殺風景な街並みの風景が広がった。川の中で息を止めているというのに、その時は一切息苦しさがなかった。その街並みで、若い男女が深刻な表情で話しながら、通りを歩いていた。なぜか、その男女はKynoとNaomiの別の姿だということがすぐにわかった。それが、Naomiが先日話していた白人の男女のことだとすぐにわかった。Jayの姿は見えなかった。その二人は、二人とも美しい顔をしていた。二人とも、金髪に碧い目をしていた。そして、その殺風景な景色は、もうすでに人々から打ち捨てられた、工業地帯のような風景だった。白い外壁を持つ、同じような平屋建ての工場と思われる建物が、無数に整然と並んで建っていたが、全く人の気配がなかった。空はかなりどんよりと曇っていて、鉛色の空という感じだった。風が少しあるようで、女性の髪が少し揺れていた。吐く息が少し白く見えたので、おそらく晩秋という感じだった。雪は見えなかったので、まだ真冬ではないようだったが、おそろしく寒々とした風景だった。そして、あの印が見えた。Naomiが言っていた、あの三角形を2つ重ねた印が彼らの胸に見えた。なんか、マジックで手書きされたかのような、あの印だった。
その景色が見えたのは、おそらくほんの数秒の出来事だったと思う。ふと我に返ると、川底に漂っていることに気が付いた。全身が凍えるような寒気に襲われ、急いで水面に浮き上がった。頭上には真っ青な空と、遠くに真っ白い積乱雲が見えた。まわりで一緒に泳いでいる友人たちのはしゃいでいる声が聞こえた。急いで、岸にあるテトラポットに上がった。テトラポットの上はやけどするほどに熱く、急いで近くにあった、誰のものかわからないビーチサンダルを履いた。
サッカーの大会が終わった後の残りの夏休みは、そうやって勉強もろくにせずに、遊び惚けていた。夏休みの宿題もたくさんあったのだが、まったく放置していた。休み期間中は、JayともNaomiとも会う機会がなかった。Naomiが時々、Kynoの宿題のことを心配して電話してきてくれた。
Naomi「Kynoちゃん、宿題やっているの。去年も31日に私が手伝って、やっと終わらせたよね。また、あんなの勘弁してほしいのだけど。」
Kyno「今年も頼むわ。31日は、お前の好きなピザを買ってもらって待っております。」
Naomiと電話で会話しながら、川底で見えたあの景色のことを彼女に言おうかと思ったが、なぜか思いとどまった。なぜか、まだそれを言うタイミングではないような気がしたのだ。Naomiは明るい声で、会話を続けた。
Naomi「まじかー。毎年、そうじゃん。すぐそうやって食べ物で私を釣ろうとする。ピザくらでだまされるほど安い女じゃないわよ。アホ。」
Kyno「いや、まじで頼むって。コーラも用意しとくから、頼むわ。」
Naomi「ピザにコーラかい、安いなー。つうか、毎年何の工夫もないわ。もうちょっと魅力的なもん用意してよ。」
Kyno「何がいいんだよ。ピザにコーラって言ったら、ご馳走じゃないか。」
Naomi「だって、夜中まで付き合わされるのに、それっきりー。」
Kyno「肩もんでやるわ。」
Naomi「いや、まだそんな年じゃないし。肩じゃなくて、変なとこもむんでしょ。いやだー、変態男。」
Kyno「おまえなー、男は基本的には全員変態なんだよ。俺だけじゃねえよ。変態が普通で、変態じゃねえやつが異常なんだよ。」
Naomi「どんな理屈だよ。変態は変態でしょ。しかし、すごい開き直りだよね、それって。」
ということで、31日はNaomiが宿題を手伝ってくれることになった。
8月31日がやってきた。その日も、相変わらずいつも通り自転車で川に行き、夕方近くまで泳いで過ごした。そろそろ泳ぎ疲れたころを見計らって、Kynoは自転車で家に帰ることにした。夏休みの宿題どころではないほど、遊び疲れていた。家に着いて、自分の部屋でうとうとと眠ってしまった。まあ、いつものことである。そのうち、弟が晩御飯だと言って、起こしに来た。その日のテレビでは、なんかドキュメンタリーみたいな番組が映っていた。まだエアコンなんてものは無い時代だったので、首が回る扇風機をつけ、縁側は開けっ放しである。外からは、夕方のチャイムの音やら、近所の犬の声なんかが混在して聞こえてきていた。まだ、セミは鳴いていたが、なぜかセミの声というものは、全く気にならない。結構うるさい声だと思うのだが、セミがうるさいと言って怒っている人を見たことがないし、Kyno自身もセミの声については、気になったことがない。テレビでは、1999年7月に世界が滅亡するという、予言者の番組が進行していた。なんか恐ろしいものが、空から降ってきて、世界は滅びるそうである。1999年といったら、Kynoが32歳になる年である。15歳の彼にとっては、まだまだかなり未来の話に思えた。あと17年後である。15歳の彼にとって、17年という年月は、ほとんど永遠に近いような時間である。父も母も、半分バカバカしいという感じで、テレビを見ていた。Kynoにとって疑問だったのは、なぜその予言者は、そんなことを事前に知ることができるのかということだった。17年後に死ぬのなら、Naomiと結婚してから死にたいと思った。Kynoは本人には言えないが、かなりNaomiのことが気になっていた。でも、予言って当たるのだろうか。このところ、この予言者の話といい、UFOとかいうものの話といい、何かあまり理解できない不思議な話が世の中にはあふれている。
晩御飯は、母が牛肉を焼いてくれた。肉とメシとみそ汁、日本人男児にとっては大好物の3品である。いつも、父が言っていた、少ないおかずで、なるべくたくさんのご飯を食べろ。その言葉に甘え、今日も3杯もお代わりしてしまった。そんな夏休みの日もどんどんと過ぎて行った。そして、結局毎年恒例の8月31日深夜まで宿題というはめになってしまった。Naomiは以前電話で約束したとおり、夕食後にKynoの家にやってきた。Kynoの母は夜食にピザを用意してくれていた。ジュースとスイカも冷蔵庫に入っていた。
Kyno母「Naomiちゃん、ごめんねー、毎年毎年、このぼんくら息子に付き合ってくれて。」
Naomi「おばさん、お邪魔します。いやピザを食べに来ただけです。」
Kyno母「用意してあるわよ。たくさん食べてね。ジュースも買ってあるから。ごめんね、あんまり気の利いたもの用意できなくて。」
Naomi「さ、Kynoちゃん、気合入れていくわよ。」
NaomiがKynoと弟をせかして、2階のKynoの部屋に行った。まずは、弟の宿題を見てくれていた。弟の宿題は、夜の9時半ごろには終わり、弟は自分の部屋に行ってしまった。NaomiとKynoとで、冷えたピザを食べながら、少し腹ごしらえをして、今度はKynoの宿題をやることにした。毎年、8月31日は弟とKynoはNaomiに手伝ってもらって、深夜まで宿題におわれるというのが恒例になっている。この日も、なんとか間に合った。Naomiは深夜11時半ごろにKynoの家を出た。KynoはNaomiの家まで一緒に自転車で行って、彼女を送り届け、自宅に戻った。まあ、全部は終わっていないが、もうこれ以上宿題をするのは耐えられなかった。まあ、また先生に怒られるだけだしと思い、そのままベッドで眠ってしまった。




