砂漠の迷子1
デゴン砂漠の砂は、凍てつくような銀色である。そのむかし、スーヤ神が放った炎によって、この地の生きとし生ける全てのものが燃え尽き、銀色の灰になった。その灰がつもって出来たのがデゴン砂漠なのだ。というのが、デゴンの民の間に伝わる物語である。「良い子にしていないとデゴンの砂になってしまうぞ」とは、この地の母親が幼子を叱るときの常套句だ。そのため子どもたちは砂への恐怖を覚えて育つ。
実際のところ、デゴンの砂はどう見ても岩石が風化して出来た砂粒であるから、もちろん成長とともに伝説はただのおとぎ話であることに気づいていく。しかし、いくつになっても砂漠への警戒心は決して消え去ることはない。砂漠の民として生きていくために、それはとても重要なことだからである。
しかし、それでもなおこの銀砂の海は美しいとハトリは思う。彼は、職業柄さまざまな土地を日々訪れているが、デゴンは彼の最も好む風景の一つである。たとえ移動するのが難儀であろうと、全身が砂ぼこりにまみれようと、デゴンを走るときはつい鼻歌まじりになってしまうほどである。
「月のー砂漠をー、はあるーばーるとーう」
調子っぱずれな音を高らかに響かせながら、彼は気持ちよくバイクを滑らせた。
ハトリの仕事は郵便屋である。とはいえ彼が請け負うのは、とにかく遠方への手紙に限定される。どんな僻地―たとえば山の頂上や絶海の孤島―であっても、必ず迅速にお届けします、というのが彼の郵便配達のプロとしての信条である。
しかし、それとは逆に隣近所への配達などは断固として受け付けない。そんなもん自分の足で届けやがれというのが彼の考えである。ちなみに彼は客に対してもこのように答えるため、郵便屋としての評判はすこぶる悪い。
そんな偏食気味な仕事の選び方では稼ぎも微々たるものであるが、彼は金銭には執着しない性質なので生きる分にはまあなんとかなっている(というよりも生きるのに必要なだけの仕事しかしないと言った方が正しいかもしれない)。長距離の配達を進んで引き受けるモノ好きは珍しいので、仕事に困ることもなく、ハトリは悠々自適に日々を過ごしていた。
「旅のーらくだは……あ?」
次の街まではまだ距離があるので、いつもなら視界は青い空と銀の砂漠の二色のコントラストに占められている。ところが、今日は眼前に広がる風景にどこかしら違和感を覚えた。ハトリは目を凝らして前方に注意した。
初めは一点の黒だった。それは近づくにつれて何かの布切れのように見えた。さらに距離が縮まると、だんだん動物か何かの死骸のように感じられた。
ハトリは嫌な気持ちでその塊を見つめた。
「まさか、人じゃないよな…」
そう呟いたが、内心ではその可能性が高いことを理解していた。この美しい砂漠は旅人にとっては、時として残忍な魔物となりうる。今までに何度も砂漠で行き倒れた人間を見てきた。時にそれはすでに朽ちた屍となり果てており、また時に彼の手で命をつないだ者もいた。
ハトリは祈るような気持ちでバイクのアクセルを強めた。
中途半端ですみません。続きます。