9_レヴィウス様が嫌ならすぐにでもやめます
リモネにドリンクを振る舞った後、私はクリムトにも差し入れするようになった。
最初は不審がっていたクリムトだが、リモネから「人間の作る食べ物は悪くない」と説得されたため、クリムトも恐る恐るながら食べてくれるようになった。
結果、「仕事の合間の休憩に取るには有用」という結論を出してくれたようだ。
リモネはこの城で薬剤師のような仕事をしつつも食糧を管理することもしている。
私の料理を楽しむため、魔物の肉などの食材を外から入手して城に持ち込むようになった。
結果、食材や料理のレパートリーが増えた。
(魔物の肉なんかは魔力がたっぷり入ってるから私は中々食べられないんだけど、クリムトやリモネには好評なのよね。人間よりも魔族の方が色んなものを食べられるんだな。ちょっと羨ましいな)
自分では試食出来ないから味については不安もあるけど、リモネが毒味と称して食べてくれるから彼女のリアクションを見て味つけを調整することが出来た。
諸々の結果、「人間の作る料理というものは美味しいのではないか」という価値観が城の中にゆったりと広がっていった。
****
今日はレヴィウスが城に戻る日だった。
クリムトに加えて、私とリモネ、ハウディが同席している。
「そうか。使用人一同、前回の報告時よりも成果が上昇したか。特に上がっているのは……リモネか。新たな薬効の発見は大きな成果だ。今までの成果は横ばいのことが多かったが、今回この状況に至ったのは何故だ?」
「はっ。……今回アタシ自体が変化したというよりは、そこの人間の働きによるものが大きいです、レヴィウス様」
「シルフィアの?」
「ええ。ハウディの清掃の力が上昇したのも差し入れの力が大きいだろうと推測しましたわ」
私は頷き、リモネやクリムトに差し入れを作り始めたことを話した。
一番に試食をするのがリモネである以上、彼女が一番差し入れを食べていることになる。今回の仕事の結果にもそれが影響しているのかもしれない。
(レヴィウスが城にいなかったのと、当初魔族に警戒されてたこともあって、レヴィウスに対してはまだ作ってない。でもこの流れだとみんなに作ることになるのかな……)
みんなが私の料理を喜んでくれるのは、こちらとしても嬉しくはある。
人間界でカフェを作りたいという夢に一歩前進したような気がする。
頭の中でほわほわとそう考えていた私は、レヴィウスの言葉で我に返ることになった。
「リモネ。ということは……シルフィアがいなくなったらお前の働きは元に戻るということか?」
「! そ、それは……いえ! 人間の差し入れがなくともアタシはレヴィウス様のために成果を出して見せます。何なら、これからアタシ一人で料理について研究することも出来る訳ですし」
「そうか。そう考えているなら、いい」
「クゥーン……」
「ハウディ、何か不満があるのか? 俺は最近お前に構ってやれて無かったな。一緒に散歩にでも行くか?」
「レヴィウス様! そのようなお手間は不要です。このクリムトにお任せ下さい!」
「ああ。そうか。そう言ってくれるなら嬉しいな……」
他の使用人たちがレヴィウスとやり取りをしている。
ここは私も――と思って、口を開いた。
「あの、レヴィウス様……」
「シルフィア。前回はお前に褒美を取らせたが、今回の褒美はリモネにやることにした。俺は全ての部下に対して働きに報いてやりたいと思っているからな。それで問題ないな?」
「え! あ……は、はい。勿論です! 私はリモネ様の仕事にも憧れていますから、レヴィウス様のお言葉が自分のことのように嬉しいです! 流石ですレヴィウス様、リモネ様!」
私はテンションを上げながらレヴィウス及びリモネを讃えた。
何か内心思うところがあるのか、二人とも満面の笑みを浮かべている訳ではない――。が、表向きは和やかに会話は進行した。
****
その後、程なくして報告会は終わった。
だが、私の気持ちはざわざわしている。主にレヴィウスの発言のせいだ。
自室に戻った私は先程の発言を思い返して悶々とする。
(はっきりと咎められた訳じゃなかったけど……レヴィウスって、私が差し入れを作ったり、ハウディの世話をするのをよく思ってないのかな?)
前回の報告会ではハウディのことを褒めてくれたから不思議ではある。
でも、前と今日とでは気が変わった可能性もある……のかも。
(私の生殺与奪を握っているのはみんなの主であるレヴィウスだ。生き残るためには他の使用人よりもレヴィウスを優先して媚びないといけないし、彼が不満に思っていることがあるならすぐにやめたい。でも……)
私は内心、少し落ち込んでいた。
最初は私のことを疎んでいた魔族たちが、私の料理を喜んでくれる。
好感度稼ぎという下心があってやったことではあるけど、喜ぶ顔を見ること自体は私も嬉しいと思っていたらしい。リモネにドリンクや軽食を持っていったり、ハウディを洗ったり撫でたりする時間は、私にとっても癒しになっていた。
(でも……レヴィウスの気持ちひとつで私の行く先は決まる。この城の中が完全に安全であることなんて無いんだ。あんまり楽しみ過ぎないようにしないとね……)
清掃の作業中、ある部屋で「贈答品の扱い方」という本を読んだことがある。魔族から魔族に対して贈り物をする際の心得を書いたものだ。
曰く、「生き物を贈る際は、その質によって受け取る側の対応が変わることが通例である。血統が良かったり、一芸のある生き物は贈られた後も末永く大事にされる」とあった。逆に、取り柄の無い生き物は実験用や食糧にされて終わるのが一般的らしい。
今の私は……どっちだろう?
私は実験用の生き物として贈られるらしい。普通に考えたら、粗雑に扱われて人間界に戻るまでもなく命を終えるかもしれない。
でも、一芸があると評価してもらえたら、贈られた先でも大事にしてもらえるかも。
(レヴィウスの認識をなんとか変えたいな。この生き物を大事にして欲しい、と思えるくらいに……)
****
私は今日も清掃の作業を行った。
作業が終わってから、自室に戻る。
今までは差し入れを作ったりハウディの世話をしていたりしたけど、今回はまっすぐ戻ることにした。
今日は城の中の普段はあまり使わない一帯を掃除した。
その中に人間の使う道具などが沢山置いてある倉庫のような部屋があった。人間界に関わる本などもいっぱいあって、「ここなら人間界に戻る方法の本もあるかも」と期待しながら掃除をしたけど、それらしいものは見つからなかった。
(詳しく探してみたら見つけられたのかもしれないけど、今の私はレヴィウスに目をつけられてるような気がするのよね。あんまり派手に捜し物をして見咎められたりしたら困るし……。明日以降、また機会があれば探してみようかしら……、あれ?)
自室に戻ってから、あることに気付いた。
持っていたはずの掃除道具の一つが無くなっている。
(あれっ。どこに置いたんだっけ? 最後に使ったのは……あの倉庫みたいな物置部屋だ。あそこに置いてきちゃったのね)
クリムトに道具は定位置に戻せと指導されている。
お叱りを受けないように、忘れ物を取りに行くことにした。
****
物置部屋には私の忘れた掃除道具があった。
それはいい。
問題なのは、部屋の中に先客がいることだ。
「……シルフィア?」
「えっ……」
部屋の中には、レヴィウスがいた。




