8_先輩方が私の差し入れで喜んでくれるの嬉しいです
この城の主レヴィウスは、毎日城にいる訳ではない。普段は外で活動をしている。
レヴィウスは何日かに一度城に帰ってきて、クリムトの報告を聞く。使用人は用事で城をあけていることもあるが、城にいる者はクリムトと同席して報告をする。
今回は私も一緒だ。
ついでに言うと、ハウディも一緒である。ハウディは普段は自由時間なのだが、私のもとについてきたのだ。
「そうか、シルフィアはよくやっているか。加えて、ハウディも随分と懐いているようだな……」
「当初は認めたくないと思いましたが……! この人間が来てからハウディの働きも良くなり、城全体が綺麗になったのは確かです、レヴィウス様」
「ワフッ」
「そうか、まだまだお前は力を隠していたか。優秀な魔犬だな、お前は」
「ワフフッ」
クリムトの言う通り、私がハウディの世話を一部始めるようになってから、ハウディの汚れを体内に治めるスキルの精度が上がったようだ。
ハウディのQOLが上がった結果、仕事の能力も上がったらしい。
ハウディの掃除スキルが上がったため、私の掃除の時間は以前よりも少なくなっていた。
レヴィウスに褒められたハウディは、嬉しそうに尻尾を振っている。ハウディは私にも懐いてくれたけど、未だレヴィウスが一番というのは変わっていないらしい。
レヴィウスはじっと私を見つめながら、赤い目で呟く。
「シルフィア……お前は期待以上に働いてくれたと言わざるをえないな。ミロワールの土産にするのに適当な人間であるとわかって良かった」
「は、はい! レヴィウス様のお望み通りのお働きが出来ているなら光栄です!」
「お前といるのは短い時間になるだろうが、城の主としては働きには報酬を与えなくてはな。シルフィア、欲しいものがあるか?」
「欲しいもの……!」
レヴィウスの言葉に、私は目を輝かせる。
近くに控えているクリムトが、人間にそんなものを与える必要があるのかと進言していたが、「別の魔族のもとへ行ったときに元主が吝嗇だと思われると困るから」とレヴィウスは答えていた。
「……といっても、無制限に与えられる訳ではないが。お前には予定日までこの城に待機して貰わないといけない。だから移動手段などは与えられない。万一出て行かれたら困るからな」
「はっ、はい! 私自身は絶対絶対レヴィウス様と一緒にいたいですが、何事にも万が一ということはありますからね……!」
今すぐ人間界に帰して下さい――と言いたかったが、封じられてしまった。さっきの発言から、レヴィウスは私を他の魔族に引き渡す気は変わっていないのだろう。
(どうしようかな。折角だから何か貰っておきたいところだけど……あ、そうだ!)
私はレヴィウス様にあるものをねだってみた。
「はあ。そんなものか。いいぞ、くれてやる」
「いいんですか! ありがとうございます! お優しいレヴィウス様に感謝感激です~! このご恩は一生忘れません!」
「フフ……。ハウディよりもお前の方がよほど犬らしく見えるな……」
「人間! レヴィウス様に礼をするのはいいがあまり慣れ慣れしくするなよ!」
クリムトに怒られつつ、私はレヴィウスに相貌を崩してお礼を言った。
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「よしっと」
私は調理場でレヴィウスに貰ったものを取り出した。
私がねだったのは、レヴィウスが魔族に配っている魔石――彼の作った魔力の結晶である。
(そのままの状態だと、魔力が濃すぎるのか食べられたものじゃなかった。でも今後のために欲しかったのよ)
私はまず、魔力の結晶に向けて保存魔法をかけた。
(部屋を探して見つけた魔法の中で、普段使い出来そうなのがこれだった。魔法をちゃんと勉強するのは初めてだけど使えるようになって良かった)
魔石に保存魔法がかかったのを確認してから、私は結晶を細かく磨り潰す。
そして出来上がったものを瓶に詰める。
「出来た! 名付けて……魔石ミル!」
調理場に空っぽのミルがあったので、その中に保存魔法をかけた魔石を入れたものだ。
これがあれば調味料のように魔石を少量食事に足すことが出来るのだ。
(自分でも使ってみたいけど、これは出来るだけ温存しておきたいな。人間界に戻ったときのた
めに)
私は自分のカフェを持ちたいという希望を持ち続けている。これはそれに役立つかもしれない。
他の人間が魔力入りの食べ物を好むかはわからないけど、その場合は自分自身で食べるのに使えばいいのだ。
(そうだ。せっかくだからハウディのおやつを作ってあげたいな。レヴィウスから貰った魔石はたくさんあるから、ハウディに作るくらいなら大丈夫なはず)
クリムトに確認したところ、ハウディは私が好む含有魔力低めの食べ物を食べても問題ないと言っていた。だから改めておやつを作ろうと思った。
保存食には微量の魔力が混ざっているが、このミルで魔石を振りかければハウディにとってももっと味がよくなるかもしれない。
同じ清掃要員として、ハウディがよく働いていることはわかっていた。だから出来ることがあれば労ってあげたかった。
「……あら人間? こんなところで何をしているのかしら?」
私が準備をしていると、女性の魔族が調理場に入ってきた。
こちらを20センチほど高い目線から冷たい目で見ているのは、リモネだ。
リモネはこの城の薬剤師のようなことをやっている。外で取れた素材から薬を調合して周りの領地への商材にしたり、この城の食材の保存状態を確認していたりする。故に調理場をよく訪れる私とは時折鉢合わせすることがある。
ちなみに、リモネはクリムトと同じバッツ一族の出身らしい。バッツ一族は忠誠心を強く持つ者が多いため、魔族の使用人として重宝されやすいとクリムトに聞いたことがある。リモネとクリムトは歳も同じくらいなのだという。
私はすかさずリモネに深々と挨拶をした。
「お疲れ様です、リモネ様! 今回、レヴィウス様にお働きを認められてありがたくも頂戴したものがあるので、そちらを使ってハウディ様のおやつを作ろうと考えたのです」
「……フン。レヴィウス様のやることに異論はつけないわ。つけないけど……正直なところ、アナタがそこまで評価されてるのは過大評価だと捉えているわ」
リモネはびしっと私に指さしながら言葉を続ける。
「ハウディの掃除スキルが上がったのは、アナタが世話をしたからではなくて、ハウディ自身が成長する時期だった可能性もあるわ。あなたがハウディを手懐けているというのは勘違いかもしれないわよ。アタシ達はずっと少数精鋭でやってきたのだもの。今さらアナタの介入があったからといってその影響は微々たるものの筈よ」
少数精鋭、というリモネの言葉は正しい。レヴィウスの城の使用人の構成は、クリムト、リモネ、ハウディ、以上だ。私を頭数に入れても4人である。部活動でも廃部になるくらい少ない。
(なんでこんなに使用人が少ないのかしら。例えばレヴィウスがすごい暴君で部下がみんな逃げちゃったとかならわかるけど、レヴィウスはそんな感じには見えないし、レヴィウスの部下は皆主のことを心から慕ってるように見えるのよね。不思議だわ……)
クリムトもリモネも高圧的だが、レヴィウスには忠誠心を誓っているように見える。
レヴィウスが連れてきた私に対しての反応は厳しいように見えるけど、彼らとしてはこれでもレヴィウスに免じた優しい対応を取っているのだろう。
「それに……アナタ、レヴィウス様に賜ったものをそんな風に扱うのは不敬ではないかしら?」
「そんな風って……」
「レヴィウス様のお作りになった魔石を粉々にするなんて、アタシには恐ろしい所業に見えるわ。人間のするという……料理? 詳しくは知らないけど、そんなもの魔族には必要ないわ。仮にレヴィウス様が気にしないとしても、アタシは気に入らない。いや、いざとなったら直談判して……」
リモネが不穏なことを言っている。
彼女からすると、尊敬する人の作品を粉々にしているように見えるのだろうか。そう考えると嫌な気持ちがしてもおかしくないか……。
(よし。リモネに阿るわよ)
私は内心でそう決意する。
リモネに私の悪評を流されたりしたら、レヴィウスが「やはりあの人間を生かしておくのはやめよう」と考える可能性もある。だから出来るだけリモネの心証は良くしておきたい。
(クリムトとリモネの態度は似ているけど、少し違うところもある。クリムトは『とにかくレヴィウス様第一』って感じだったけど、リモネは『自分と合わない新人が気に入らない』って感じね。そこを突くようにすればいけるかも。よし……!)
私はすっと呼吸をしてリモネに宣言した。
「リモネ様! ……私がこのような作業をするのは、魔族を尊敬しているからこそで……リモネ様に憧れたからでもあるのです」
「え。アタシに……?」
「はい。私は、リモネ様の仕事ぶりをクリムト様から聞いていました。そして思いました。……リモネ様のような頭がいい人に憧れると。私も少しでもお近づきになりたいと! だから、ここでも料理を頑張ることにしたのです」
「は、そうなの。でも、なんでアタシに憧れたからといって料理を……?」
私はぐっと拳を握って語る。
「リモネ様。人間の世界では、『料理』とは『科学』だと言われています。材料の計量を行い、合成し、変化させる。それを繰り返すことで物を変質させる。私には薬の知識はありませんが、人間界にいたときに多少の料理の覚えがありました。なので、料理の腕をあげたいと願ったのです!」
「……!」
「今はハウディ様にのみ作ったものを出すようにしていますが、良かったらリモネ様にも私の作ったものの成果を味わっていただきたいのです! ……こちらです!」
私はそう言って、手近にあった材料でドリンクを作ってリモネに差し出した。
ちなみに、私が料理を頑張る理由にはリモネは全く関係ない。
ないが、こうして持ち上げればリモネの気分は良くなってくれるだろうと踏んでこう伝えることにした。
リモネは微妙な顔をしつつも、「まあ……部下が出来た身としては、一口くらいは飲むのが上の者の勤めかしら」といいながらドリンクを口にした。
そして、リモネはしばらく無言でドリンクを飲み続けた。
容器の液体が大分減った後、彼女はこちらを見つめて口を開く。
「ふん。……人間。言っておくけど、こんなドリンクなど、あっても無くても同じなのよ」
「ええ。存じております」
「あってもなくても同じというのは……あってもいいと言うこと! 人間、このドリンクを同じ配合で淹れなさい。違う配合のレシピも頭の中にあるのなら、出し惜しみせずに淹れなさいっ!!」
依然として高圧的な態度ではあるけど、彼女が私のドリンクを楽しんでくれているみたいでほっとする。
(リモネが頭を使う仕事をしているというのは確かだから、花の蜜や果実をふんだんに使った糖分多めのドリンクに魔石をまぶしてみたけど、どうも気に入ってもらえたみたいね。良かった)
そして、リモネの反応を見て思う。
魔族にとっては魔力が多い食べ物こそが美味しいのかと思っていたけど、どうもそうではないのかもしれない。
今まで魔力が薄めのものを食事として楽しむという文化が無かっただけかもしれない――と。
(ハウディに作るだけじゃなくて、リモネやクリムトにも差し入れを作れるか……考えてみようかな)




