7_レヴィウス様の飼い犬のお世話はとてもやり甲斐があります
「ふう……」
クリムトに手順を教えて貰って、私は毎日レヴィウスの城の中を掃除している。
最初の頃はクリムトに掃除した結果を確認してもらっていたが、「ハウディの清掃スキルには適わないが、まあ……当初想像していたよりはよくやっている。及第点といったところか」という評価を貰った結果、私は一人で仕事をすることになった。
掃除しながら室内を物色すれば人間界へ戻れる手がかりがあるかもしれない!と思ったけど……、今のところ、見つからない。
手がかりを欲して書斎を掃除したときにこっそりと本の中身を読んでみたけど、魔族間の情報や魔法の知識が書いてあるばかりで、人間界については何も書かれていなかった。
(魔族と人間は、基本的に人間が魔族に捧げ物をする関係で、魔族のもとに行ったら帰る方法は無い。そういうことなのかしら……)
私としてはそれは困る。どうにか戻る手がかりを見つけたい。
でも、レヴィウス達は私を他の魔族への捧げ物にするってことを話していたから、「戻りたいです」って言っても聞いてくれないだろう。
それどころか、「レヴィウスへの忠誠心は嘘だった」と看破されて、その場で始末されてもおかしくない。
(……あんまり暗いことを考えるのはやめやめ! お腹すいてきたしご飯にしよう)
私は城の中の厨房へと移動した。
この城の魔族は一緒に食事をすることがない。魔石があれば栄養補給はすぐに終わるからだ。
だが、それはそれとして調理用の厨房と食堂は存在する。来客があったときだけ料理を作るとか、そういう風に対応しているのかもしれない。
(今は火を使うことはクリムトに禁止されてるけど、ここでご飯を食べるのは許可されたのよね。折角だしここで食べよう)
クリムトに期限切れになりそうな含有魔力低めの食べ物がないか確認した結果、いくつか保存食を用意してもらっていた。
魔族が主に食べている魔石はかなり癖がある味だったので、保存食の方もどんな味がするか心配ではあったが、杞憂だった。
(うん、おいしい……!)
クリムトに用意してもらった食べ物の中には、保存用のパン、瓶詰めの肉、ドライフルーツなどがあった。
私はそれらの具材をパニーニのようにパンに挟んで食べる。
保存用故にパンや具材が全体的に固いというところは少々気になるものの、それを差し引いてもとても美味しい。
人間用の保存食はもっと味気なかったと思う。それに比べると、この保存食はどこか新鮮な味わいがある。
(最初にレヴィウスの氷を食べたときもすごく美味しいと思った。あの土地にはレヴィウスの魔力が流れているけど、全てが魔力で構成されている訳じゃないらしい。だから美味しかったのかしら。クリムトは保存食は魔力が薄いって言ってたけど、私にとってはちょっとだけ魔力が吹き込まれた食材こそがすごく美味しく感じるわ。 ……むむ。もしかしてこれ、人間の食事にも応用出来るんじゃ無いかしら?)
カフェインとノンカフェイン、砂糖ありと砂糖なしを選べるように、食事にも魔力ありとなしのメニューを作る……。
もしかしたら、話題の店になるかもしれない。
人間界で豊富な魔力をどう確保するかは課題だけど、やってみたいことは尽きない。
「……ん?」
食事に勤しんでいると、そこには同僚がいた。
といっても、犬である。
魔犬ハウディがそこにいた。
(ハウディは賢くて決まった時間に魔石を食べるから放って置いても問題ないって、クリムトはそう言ってたけど……)
この調理場には魔石の瓶詰めも置いてある。
が、ハウディは結晶の方ではなく、私が作った二つ目のパニーニの方をじっと見つめていた。
「ハウディ様、食事ですか? すみません今どきますねわぁっ!?」
そそくさと場所をあけようと立ち上がったが、ハウディはガッとパニーニに近づき、そして――食べた。
(だ、大丈夫かしら? 私にとってはおいしくても、ハウディにとっては……あら?)
ハウディはもぐもぐとパニーニを完食し、満足そうな顔をしている。
(犬に人間の食べ物は毒になるけど、ハウディは魔犬だからか大丈夫みたいね。でも、魔石よりもこっちの方を好んで食べているというのは……)
クリムト曰く、ハウディは比較的若い犬らしい。そして、ここで働いてもらうべく魔石をひたすら与えて、ハウディの持つ汚れを吸い取る力を強めたらしい。
(もしかして……栄養的にはともかくとして、味的にはハウディはこっちの方が好きなのかな?)
私は保存食のパンを再びハウディに与えてみる。
ハウディはやはり嬉しそうに食べている。
(魔力があまり入っていないから、これを主食にするのは避けた方がいいかもしれないけど……おやつみたいな扱いならハウディにあげてもいいかも。後でクリムトに相談してみよう)
私はそう考えた。
魔族は魔族なりの生活様式でこれまでやってきたのだろうが、魔族の間に知識がないだけで、実は人間の生活様式の方が合っている――そういうことがあってもおかしくないのかもしれない。
****
今日の分の清掃の仕事が終わった。
今日はクリムトもレヴィウスも揃って外に出ていて、戻ってくるのはもう少し先の時間になる。
(今日も人間界に帰る方法は見つからなかったか……)
成果があるとするなら、私の清掃スキルである。無心で様々な家具を掃除しているうちに実家にいる時よりも効率的に作業出来るようになった。
人間界に帰ったとき、掃除は絶対やることになるだろうから清掃の腕が上がったのはいいことだ。
カフェを持つなら店の中を綺麗に保つ必要はあるし。
(実際帰れるかどうかは置いておいて、そういう風に自分の為になってるって考えた方が魔族に対しても前向きに接することが出来るもんね。……ん?)
掃除用の道具を片付けようとすると、そこにはハウディがいた。
ハウディは私のことをじっと見つめている。心なし目がちょっときらきらしている気がする。
「ハウディ様、もしかしてパニーニをご希望ですか?」
「バウッ」
「先程は不意打ちで取られてしまいましたが、食べ物についてはクリムト様に改めて確認してからにさせてくださいね」
「キュウーン」
「もし大丈夫そうなら、ハウディ様にも喜んで頂けるようなおやつを用意しますから」
「わふん!」
(クリムトはハウディのことを伝統ある種族の出身だって言ってたけど、こうしてみると一般的なわんこに見えるわね……)
私の言葉に反応するハウディを見つめながらそう考えた。
やはり、先程のパニーニが美味しかったからある程度私に懐いてくれたのだろうか。食べ物は偉大だ。
(……そうだ。ハウディが懐いてくれてるなら、やってみたいことがあるんだけど)
****
「人間! 今日の担当分は終わったか」
「はい、クリムト様。道具も片付け済みです」
「そうか。では、私はハウディの世話を……」
「あ! クリムト様、今日は遅くなるようなのでそちらもこちらでやっておきました!」
「……なにっ!?」
クリムトは出てきたハウディを見つめて目を丸くしている。
ふわふわさらさらでライトグレーの色味になったハウディが出てきたからだ。
「こ、この質感は……。それに、ハウディが貯めた筈の汚れが無くなっている。人間、お前は清掃魔法を使ったのか?」
「いえ。洗い場でハウディを洗っただけです」
仕事で掃除しているとき、ハウディが汚れを吸い取って身体を黒くするところをよく見ていた。
クリムトが清掃魔法を使えば汚れは元通りになるのはわかっていたが、(洗ってあげたい)という気持ちはいつも私の中にあったのである。
ハウディが攻撃的な性格でないのがわかったため、今回私が洗い場の桶で洗ってみた。
ハウディは洗われるのが好きらしく、揉み洗いされながらハフハフと嬉しそうにしていたのだ。
クリムトはハウディと私を交互に見つめつつ、少し震えて言う。
「そ、そうか。レヴィウス様の飼い犬をスポンジのように洗うなど不敬……と言いたいが、ハウディは……くっ。喜んでいるな」
「人間の世界だと貴人は湯浴みの世話になることも多いのです。レヴィウス様の飼い犬であるハウディ様にも感謝の意を込めてこちらで湯浴みをさせていただきました~!」
「わふん」
「そうか。ハウディ、お前はこの人間に遠慮したりわざと喜ばせようとしている訳ではあるまいな? 嫌なら嫌だと……」
「ワウッワウッ」
「は、ハウディ……お前は、人間に……お前の答えはそうなのか!? ハウディ!」
私の足にすり寄るハウディを見て、クリムトは動揺したように震えていた。




