6_レヴィウス様の飼い犬もとても高貴です
「それじゃ、掃除を始めるぞ」
「は、はい!」
「それでは人間、清掃魔法は使えるか」
「清掃魔法……?」
使用人服を着たクリムトは、手袋をつけた指先からきらきらと光を出した。
その光が家具に触れると、ピカピカになるのがひと目でわかる。
「これが清掃魔法。普段からレヴィウス様の魔石――魔力の結晶を食している私ならば城中を掃除することも可能だ。お前はどうだ?」
「す、すみません。この魔法は使ったことがありません……ずっと手動で掃除をしていたもので」
「なにっ? 手動か……。人間の文化は遅れているな」
「それに、私はまともに魔法を使ったことがないので、クリムト様のお手を煩わせてしまうかもしれません。ですが、手動での掃除には慣れているのでこちらでお仕事をさせて下さい! 魔族と人間だとやり方に差があるかもしれないので、よろしければここでの手動の掃除の方法を教えて頂けますか?」
私はクリムトにそうお願いした。
だが、これには私なりの考えがある。
(私は出来るだけ魔族の情報を得たいし、人間界に戻る方法を知りたい。その為にはなるべく部屋の中を漁ってもおかしくない状況にしたいの。魔法を使ったらすぐに掃除が終わって便利なんだろうけど、部屋の中のものに触れる時間が少なくなっちゃう)
故にこうお願いしたのだ。
「はあ。まあ確かに、手動で出来るならそれでも問題はないな……。この城中を魔法で掃除するなら、魔力の供給も必要になる。それがなくていいなら手動の方がいい」
私はクリムトに手動での掃除の方法を教えて貰った。
といっても、掃除自体は人間の使用人がやる方法と変わらなかった。
水で湿らせた布で家具を拭き、床を拭き、絨毯の埃はブラシで取る。
(家でやっていた掃除の方法とそう変わりないのは助かったかも。ここは家よりも、ずっとずっと敷地が大きいけど)
椅子も机も何もかもが大きい。そして廊下が広い。
クリムトに指示されていくつか部屋を掃除したけど、まだまだ先は長そうだ。
「クリムト様。こちらのお城にはどれくらいお部屋があるのですか?」
「そうだな。使用人たちの私室を含めて100部屋以上ある。それを何日かに分けて掃除している」
「ひゃく……! さ、流石ですね。レヴィウス様のように高貴な方に相応しい豪勢なお住まいで!」
私はとりあえずレヴィウスに湧いておく。
(100部屋かあ。私からするとすごい数だけど、魔族の偉い人のお城って考えると妥当なのかな。
掃除は大変だけど、部屋がこれだけ沢山あればその中に人間界に戻る情報が残されててもおかしくないし、私にとっては悪くは無いわ。 でも……)
私にはちょっと気になることがあった。
これだけの広さの城なのに、城に来てからレヴィウスとクリムト以外に会っていないことだ。
(城なら使用人が沢山いて然るべきだと思うけど、今のところクリムトくらいにしか会ってないわ。魔族は人間には使えないような魔法も使えるんだろうけど、流石に一人だけでこの広さに対応するのは難しくないかな?)
そう考え、クリムトに確認してみた。
「この城の中には、私以外の使用人はいらっしゃるのでしょうか?」
「いる。まあ、みんな外で仕事をしていることが多い。今日もそうだな。私もいつもは外で仕事をしている。お前に仕事を教え終わったら外の作業に戻る予定だ。お前が私の手間を取らせているということ、よく自覚しろよ」
「はい! クリムト様は私のような人間にも丁寧に教えて下さって素晴らしいお方です! ……ですが、それならば普段は清掃担当の方は城の中にはいらっしゃらないのですか?」
「いや。清掃担当はいる。あいつだ」
長い廊下にさしかかったとき、クリムトが廊下の端を示した。
「……?」
廊下の端に、クッション大の大きさの、埃のような黒々とした塊がある。今まで見てきた城の中は概ね綺麗だったのに珍しい。
……と思って見ていたら、その塊が移動してきた。
ハフハフと呼吸しているそれは、よくよく見るとつぶらな目をしており、耳があり、尻尾があった。
「こ、これは……犬?」
「うちで使役している魔犬、ハウディだ。主人は無論私たちの主、レヴィウス様だが……いつもは私が世話をしている」
魔犬、というのは魔族界における犬のようなものだろうか。見た目的には人間界の犬――トイプードル――とそうそう変わらない気がする。人間界のそれよりもサイズ的には少々大きめのように見えるが、もこもこふわふわころんころんしていてとてもかわいい。
ペットとしても人気になれそうだ。魔族の城からは早く脱出したいと思っているが、個人的にはハウディだけは持ち帰りたいと思ってしまった。かわいいは正義だ。
だが、クリムトが言うにはハウディはペットではなく、ここで働かせているらしい。
「働いているなら、番犬のような仕事をさせているんでしょうか」
「違う。うちの城の護衛は私が担当している。ハウディは清掃担当だ」
「せ、清掃……?」
犬が清掃担当ってどういうことだ、犬は汚す方が得意だと思うが――と思いながらハウディを見てみる。
よく観察すると――どういう原理なのかはわからないけど、ハウディは移動しながら周囲の汚れを掃除機のように吸い取っているように見える。
黒よりのグレーだったハウディの毛並みは、より黒々としているようだ。
「ハウディは瘴気や汚れをひとまとめにして自分の体内に吸い取る魔犬だ。ああして城中を歩き回らせて掃除させている」
「わー……。あの、ちなみにハウディ様が段々黒くなっているように見えるのですが、あれは溜まった汚れということなのですか? ハウディの身体の外に影響が出ることが無いとしても、あのままにしていいのですか?」
「まあ、時々は対応する必要がある。こうするんだ」
クリムトがハウディに向けて手をかざした。
光がハウディを包み込み、私は一瞬眩しさで目を閉じる。
次に開いたら、ダークグレーからライトグレーの色に変化した、ふわふわもこもこの犬が目の前にいた。
「えっ!? こ、こちらは、ハウディですか……?」
「集めた汚れは清掃することで毛色は変わる。何もないときのハウディはこの色だ」
「そうなのですね。こうして見るとハウディの顔がよく見えますね。レヴィウス様にお似合いの高貴なお顔をしています!」
「ああ。ハウディは伝統ある魔犬の種族出身だからな。城の中の序列としては、レヴィウス様、私、他使用人、ハウディ、そして貴様だ。貴様に与える食事はハウディよりも粗末なものになる。そう心得ておけ」
「もちろんです! きゃーハウディ様! 掃除のスキルが私よりもずっと洗練されていて素敵です。レヴィウス様に似た赤い瞳がとても綺麗です。不束者ですがよろしくお願いします!」
とりあえずハウディに尻尾を振ってみた。
ハウディは「は?」みたいな怪訝な顔をしている。初対面で舐められてしまった気がする。
(まあいいわ。ハウディ自体には攻撃力はあんまり無さそうだけど、この子にもへつらっておいて損は無いでしょう。ハウディを管理しているのがレヴィウスなら、私がハウディをどう扱ったかもクリムトを通して伝わるはず。心証を良くしておくのに越したことはないよね)




