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38_いつからだろう

 

「――シルフィア」


 チェルシーとダズの近くにいた私は、不意にふわりと腕を引かれて抱き留められた。



「レヴィウス様……」

「すまない、遅くなった。大変な目に遭わせてしまった」



 レヴィウスは魔術で移動してきたようだ。音もなく現われたレヴィウスに、他の魔族たちはざわめいている。

 それ以上に、ダズとチェルシーは怒りを露わにしていた。



「今まさに罪人を裁こうとしているところなのに、人間を庇うとはどういう了見だレヴィウス! やはりお前はその人間に頭をやられているな!?」

「魔族の領主が一人の人間に肩入れして罪を曖昧にするなどあってはなりません……! 悲しいことですが、伝統あるアドラー家であろうとも、彼の発言には信憑性が無いと言わざるを得ませんね……!」



 チェルシーの発言に、魔族たちはレヴィウスを注目する。

 魔族会議に続けて二回目だからか、みんな彼を疑わしい目で見ているようだ。




(そうか。なんでわざわざ人間界から私をここまで連れてきたんだろうと思ってたけど、レヴィウスの評判を下げる為だったんだ。レヴィウスはローヴァイン家のことを怪しんで調べているって言ってたから、レヴィウスの言葉には信憑性が無いって思わせるために私を誘拐したんだ……)



 ローヴァイン家だけでなく、声に出してレヴィウスを疑う魔族たちもちらほらと出ている。

 ……完全に乗せられているみたいだ。



 周囲の喧噪から守るように、レヴィウスが私の肩を抱き、耳元で呟く。



「すまない。シルフィアがこんな目に遭うことの無いように護衛をつけたのに」

「いえ。ティラミス……レヴィウス様の使い魔は私を守ってくれました。チェルシー様が出てこなければ、私は恐らく無事でいられましたから」

「そうか……。ローヴァイン家の筆頭使用人までもが動くのは予想外だった。だが、まだ終わってはいない。強い疑いを掛けられているからこそ、一気に印象を覆すチャンスでもあると思っている」




 その言葉を聞いて、私は心強さよりも、心配の方が勝ってしまった。

 ――レヴィウスは、私のことを助けようとしてくれている。

 魔族の中で立場が悪くなろうとも。




(レヴィウスは私のことを気に入ってくれた。だから自分が不利な立場になったとしても助けてあげたいと思っているんだろう。でも……)



 レヴィウスは私のことを誤解している。

 私は処世術のためにレヴィウスに縋っただけで、もともと彼を慕っていた訳ではない。

 レヴィウスが会いに来なければ、人間界での暮らしを優先してそのまま彼のことは忘れるようにしていただろう。



(ティラミス……彼の使い魔が倒されただけで、辛くなった。レヴィウス自身や、アドラー家の使用人たちが私のせいで扱いが悪くなっていくとしたら……しかも、私を誤解したままでそうなるとしたら……)



 そんな未来を想像すると、胸が苦しくなってくる。



 自分の生活さえ保障されるならなんでもしようと思っていた。

 でも……仮に私が無事に過ごせるとしても、レヴィウスたちに累が及ぶのは嫌だ。

 私の家に何度か訪問されたからだろうか、いつしかレヴィウスのことも自分の生活の一部であると認識するようになったのかもしれない。




 私は周りに聞こえないように小声でレヴィウスに話しかける。



「レヴィウス様……」

「うん?」

「これ以上私を庇わなくてもいいですよ。今私を庇うと、アドラー家の評判も落ちますし。この場は様子見で見送った方が、誰にとっても印象がいいはずです」

「シルフィア……」

「私が取り締まりを受けても、そう大変なことにはならないと思います……たぶん。だから、この後のことは気にしないで下さい」



 私はそう言って、へらっと笑った。



 私を見つめるレヴィウスは、どこか悲しそうな面持ちをしていた。

 そして、身を屈めて私の耳もとで囁く。



「シルフィア……お前は嘘をついているな」

「えっ? いえ、嘘なんて、そんな……」

「――今だけじゃなくて、シルフィアは最初に出会ったときから嘘をついていたこと、俺はもうわかっている。その上で俺はここにいる。だから、引け目なんて感じなくていいんだ」



(えっ……?)



 レヴィウスに言われたことの意味を理解するより先に、彼は私から離れ、魔族たちへ向けて言葉を発した。



「聞け! 皆がチェルシーに疑いを持っていないのは、既に魔術で調べられた後だからというのも関係しているだろう。今までこのような諍いの中で使われた、悪意があるか調べる魔術には穴があるのだ。それを持ってチェルシーを無罪とするのは早計だ!」

「な、何ですって……!」

「チェルシーは人間が魔族の祠を壊したのだと主張しているが、俺の調べによるとそれは違う。やったのはチェルシーの部下たちだ。奴らが人間がやったように細工したんだ」

「レヴィウス様、何を言われるのですか……!?」

「そうだ! チェルシーは俺の忠実な部下だ! そのような小細工なぞ……」

「俺の部下に依頼して、その女の捏造についての証拠を集めさせてもらっていた。最後の証拠は今日揃った。皆、入ってきてくれ!」



 レヴィウスがそう号令を掛けると、扉が開いて見知った顔が現われた。

 クリムトにリモネだ。そして彼らは私が人間界で襲いにかかってきた男性たちを連れている。



「その人間は、人間界で暮らしているところをローヴァイン家の手の者に襲われた。レヴィウス様の使い魔の働きによって、彼らは倒された。そして、こいつらがチェルシーの腹心の部下だ!」

「壊された祠とこの部下たちの持つ魔力をよく調べると、一致することが判明したわ。シルフィアの魔力は検出されなかった。皆、チェルシーはアンタたちを利用してアドラー家を嵌めようとしたのよ。チェルシーはダズの信頼を得るために、領地での問題を自分で起こして解決するように図っていた。都合の悪いことは人間に擦り付けるために、人間と魔族の関係が良くなるのは避けたかったのよ」



 クリムトとリモネの告発に、魔族たちは驚いた顔をしている。

 ダズはチェルシーを庇いながら、顔面蒼白になっていた。



「そ……そんな馬鹿な! チェルシーは、チェルシーは……!」

「あ、アンタも部下の動きを制御出来てなかったから同罪ね。ローヴァイン家は取り調べを受けるべきだわ」

「はあ、遅くなった。一応これも臨時の魔族会議ってことで、僕がホストを務めた方がいいか。ダズくん、チェルシーちゃん、なんか大変そうだね。みんながいる中で暴れたりしたら大変だから、大人しくしといた方がいいよ~。ローヴァイン家の他の子たちも同じだからね」




 扉からミロワールが入ってきて、にこやかにダズとチェルシー、ローヴァイン家の魔族たちに声を掛けた。

 ざわついていた室内は静かになり、ローヴァイン家の魔族たちはミロワールに連れて行かれた。

 ついでに言うと、私も移動して、ストレイウス家の城の部屋にひとりで保護されることになった。……魔族会議のときと同じだ。





 あのときは人間界へ戻れると思って清々しい気持ちでいたけど、今は少し違う。

 助かったことの安堵以上に気になることがあった。



(レヴィウスは、私が嘘をついていたって気付いてたって……。いつからだろう……?)

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