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28_俺を好きだと言ってくれた人間について③(レヴィウス視点)

「シルフィアちゃんの方からレヴィウスくんに話しかけてきたことって、今までどれくらいあったの?」



 ミロワールはそう言った。


 俺は少々無言になって、その言葉について考える。



「何だその質問は。どういう意味だ?」

「僕がシルフィアちゃんと過ごした時間の中で、シルフィアちゃんが自主的に僕に話しかけてきたことは一度もない。そして、レヴィウスくんに対しても一度も自分からは話しかけていなかったように見える。今までアドラー家の城で過ごしているときはどうだったのかなと思ってね」



 ミロワールの質問に、俺は頭の中で思い返した。



「無論、ある。シルフィアの方が積極的だったんだ」

「そうなんだ。いつ?」

「最初に会ったときだ。俺を好きになったと言って、城で働きたいと言って……」

「城で働き始めてからは?」

「そこからは……配下の者にシルフィアの教育を任せたこともあって、話す機会は減った。俺の方からシルフィアを呼んだことが殆どだったな」

「ふーん。やっぱり、アドラー家でもそうだったんだ」

「何が言いたい……?」

「シルフィアちゃんは表向き愛想良くしてるだけで、魔族のことが苦手なんじゃない?」



 ミロワールは何でも無さそうにそう答えた。

 俺はティーカップを持ちながら会話していたが、カップの中の紅茶が揺れるところがやけにゆっくりと目に映った。



 俺はミロワールの言葉を鼻で笑い、紅茶を一口飲んだ。



「妙なことを言う。城に入ってから話す機会は多くは無かったが、それは俺がそう指示したからだ。基本的にシルフィアの教育は使用人に任せるのと、用事が無ければ俺には話し掛けないように、というのを最初の頃に伝えていた。内心俺と関わりたいと思っていても、シルフィアは遠慮したのだろう。俺を慕うからこそ距離を取るようになったんだ」

「そうなのかな……」

「魔族会議のホストが終わって緊張感がなくなって、取り留めの無いことを考えるようになったんじゃないか? もう一度やってみた方がお前の為じゃないのか、ミロワール」

「嫌だよ。ホストは当番制だし、僕は伸び伸び趣味に邁進する方が合ってるんだ。……で、レヴィウスくん。家にある昔の日記を読み返してるとき、こんなこともあったなって記録があったんだよね」

「なんだ?」

「僕の領地で見つけた珍しいネズミの話なんだ。ネズミは大体無表情だけど、特定地域を住処にしているネズミは笑ったり怯えたりする表情がわかりやすい品種だった。で、二匹をペットにすることにして部屋に持ち帰ったんだけど……」



 ミロワールは過去のことを話し始めた。



 同じ品種のネズミといえど、性格は個体によって異なる。ミロワールが持ち帰ったのは大小のネズミで、そのうち大きい方が小さい方を虐めはじめた。

 小さい方は臆病者のようで、ミロワールが遊ぼうとおもちゃを差し出してきても怖がって哀れな声をあげた。

 大きい方は傍若無人な性格だったのか、小さいネズミが怯えて鳴いていると、走ってきて小さい方に噛みついた。鳴き声をうるさいと感じるタイプだったらしい。



「でも程なくして大きい方は小さい方を虐めなくなった。ネズミなりに仲を深めたのかなって思ってたんだよね。だが、観察してみるとそうではなかった。小さい方は、大きい方の前で悲しい顔をしたり声をあげるのをやめた。だから大きい方は刺激されなくなって、小さい方を襲わなくなった。そのうちネズミたちを隔離して、それぞれ一匹ずつのケージで世話するようにしたんだけど、小さいネズミとおもちゃで遊んであげようとするとまた怯えた声を出した。大きいネズミがいないところでは以前と変わらないリアクションをしていたんだ」

「……」

 この記録からわかることは、小さいネズミは自らの身を守るために嘘をつくこともあるということだね。大きいネズミの前では表情を取り繕っていたんだ」

「まあ、動物であってもそういう動きをすることはおかしくないんじゃないか」

「うん。で、シルフィアちゃんも同じことをやったんじゃないかなと思ったんだ」



 ミロワールは紅茶を飲みながらそう言った。



「生贄にされた時点で、シルフィアちゃんは魔族に頼るしかなかった。彼女は生存のために態度を取り繕い続けた。だから、人間界へ帰る話が出てきたときに何も抵抗しなかった。そういうことなんじゃない?」

「……」

「どう、レヴィウスくん?」



 ミロワールの質問について黙考した上で、俺は答えを返す。



「無い」

「……無い?」

「そうだ。ミロワール、俺だって最初はシルフィアのことを疑っていたんだ。人間が魔族に牙を剥くこともあるかもしれないと考えていた。だから悪意があるか確認する魔術を掛けた。シルフィアが嘘をついていたら、直ちに息の根を止めるようにと念じて」

「へえ……それで、シルフィアちゃんは生き残ったってこと?」

「そうだ。だからシルフィアの言葉は本物だ。何故お前がここまで問い詰めてくるのかは知らないが、残念だったな」



 俺がそう告げると、ミロワールは肩を竦めて言った。



「シルフィアちゃんが言ってたんだよね。もしレヴィウスくんの調子が悪いようだったら助けて欲しいって」

「そうだったのか。シルフィアがそんなことを……」

「で、レヴィウスくんが落ち込んでたり、今も沢山働いて大変な目に遭っているのは、シルフィアちゃんを城に迎えたいが故でしょ? もしシルフィアちゃんが嘘をついていたなら、レヴィウスくんの悩みそのものが消えるよねって思ったんだよ」

「……」

「ま、僕の思い違いならそれでいいんだ。美しい君たちの愛に乾杯するとしようか」

「……お前と乾杯しても仕方がない」

「まあそう言わずに。今までは他の紅茶でも大丈夫だったけど、レヴィウスくんの淹れる紅茶は特においしく感じるんだよね」

「それは間違いなくシルフィアのおかげだ。人間の料理を教えてくれた。いなくなった後もレシピを残してくれたから、うちの家はみんな紅茶を淹れるのがうまくなった」

「そりゃあいいな。そう言われると、シルフィアちゃん本人が淹れたものはもっと美味しかったんだろうね。うーん、気になるな……」



 ぶつぶつ言うミロワールを尻目に、俺は窓から空を見上げた。



 シルフィアに会いたい。

 ミロワールと話していて、改めて強くそう感じた。




 ミロワールは妙なことばかり言うやつだ。俺はそれを承知しているが、使用人たちは当主であるミロワールを無下に出来なくて、放言をいちいち真に受けていたかもしれない。

 今日、この城にいるのが俺だけで良かった。――そう思った。

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