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27_お久しぶりですレヴィウス様

「おはようシルフィアくん。あのね、君にお願いがあるんだけどね……」


 ある日カフェに出勤したら、店長が申し訳なさそうに私に頼み事をしてきた。



「今日は臨時でホールスタッフとして働いてくれるかい」

「えっ?」

「ホールの子が風邪を引いちゃったんだよ。しかも複数人。僕はキッチンの方をカバーするから、シルフィアくんには接客を担当して欲しい」

「でも私、ホールスタッフとして働いたことは殆どないですよ。大丈夫ですかね?」

「この間オーナーが色々言ってきたけど、僕みたいなおじさんより若い子が迎えてくれた方が売上が安定するというのは事実ではあるんだよね……。臨時の働き分の給料は弾むから、どうかな?」



 お金のことを持ち出されると弱い。私は今日一日ホールスタッフとして働くことを決めた。



 ****


「ふう……」



 一日働いて、閉店の時間になった。

 慣れない接客をしたからか、とても疲れた。



 店長は「キッチンだけじゃなくてホールも向いてる」「客の評判も上々だった」「また機会があったら是非」なんて言っていたけど、個人的には遠慮したいところだ。きっぱり断って角を立てるのは良くないと思ったから、あの場では曖昧に濁したけど。



(いつか店を持つなら、私はキッチンメインで働きたい。接客してくれる人は雇って選任で働いてもらうわ)



 生活のために色んな場面で人に対して愛想を振りまいてきたけど、好みでいうなら黙々と料理を作っているときが一番好きなのだ。

 前世では周りに合わせているうちに程なくして亡くなってしまった。今世では好きなことをある程度追求しても罰は当たらない……と思いたい。



「――シルフィアさん!」

「わっ!?」



 考え事をしながら自宅への帰路を歩いていると、夜道から細身の若い男の人が出てきた。



(誰かしら。……いや、初対面じゃないわね。私、この人に今日会ったわ)



 この男は、私がカフェで働いているときに奥のテーブルに一人で座っていた客だ。

 ドリンクやスイーツを一つずつ頼むというやり方で何度か注文を繰り返したから、まとめて頼めばいいのに、と不思議に思ったのを覚えている。



 私は接客用の笑顔を作りながら客に返答をした。



「はい、カフェ・キャンドルのシルフィアです。お客様、お忘れ物でもしましたか?」

「いえっ! あ、あのっ、僕、あなたと話したくて」

「私ですか?」

「今日カフェで働いているところを見て、ビビッと来たんです……! 今まで見たことがない店員さんだけど、なんてかわいいんだろうって。しかも、僕のことを好きになってくれて……!」

「えっ?」

「僕のテーブルに来る度に、僕に笑いかけてくれましたよね? これって、僕が好きっていう意味ですよね!? だから、出来るだけ早いうちにお付き合いしようと思ったんです。カフェ営業中は中々話し掛けられなかったけど、二人きりならと思って……!」

(まずいわね)



 だんだん熱を帯びてくる客の様子を見て、私は内心そう思って震える。

 ……どうも、厄介な客に捕まってしまったようだ。

 路地裏で二人きりなので、誰かが通りかかる気配も今のところはない。



(アリアさんが前に言ってたな。時々しつこくてやばい客がいるから、バッサリ断るようにしてるって。客は接客しているときの愛想がいい姿を好きになるから、さっさと断れば引きずらない、みたいなことを言っていたけど……)



「シルフィアさん、もう帰るんですよね? あなたの家はどこですか? ここの近くですか? 送っていきますよ」

「いえ、そんな。お客様の方こそ、もう遅いのだから早く帰った方がいいですよ!」

「お客様って呼ばないで下さい! 僕とあなたの仲ではないですか! 僕の名前はライルです。ああやっと名前を伝えることが出来た。ずっと知りたかったですよね! 遅くなってしまってすみませんでした!」



 なんとか断ろうとするけど、客にガッチリと手首を捕まれてしまって、うまく離せない。

 ……どうしよう。



 いや、やるべきことはわかっている。アリアさんの言う通り毅然と断ればいいんだ。

 ――問題は、私がそれに慣れていないということである。


 拒絶したら客が逆上するのではないかとか、私だけじゃなくてカフェに逆恨みしたらどうしようとか、そんなことばかり考えてしまう。

 他人に反発したり注意したりするのにも勇気というか瞬発力というか、とにかくある種のパワーがいるのだ。



 ライルと名乗った客は焦れたように口を開く。



「シルフィアさん、あなたの家はどこですか? 教えてくれないなら、僕の家に連れて行きます。他に誰も住んでいないんです。きっと気に入ってくれると思いますよ」

「いっ、いえ、そんな。ライルさん、もう夜も遅いから帰りましょう、ねっ」

「何を言っているのですか? やっと二人になれたのに、もうお別れなんて嫌です。シルフィアさんはシャイな方なんですね。やっぱり、多少無理にでも連れて行かなきゃ――」



「――やめろ」



 強い力で掴まれていた私の手首は、次の瞬間に解放された。


 今まで私に絡んでいたライルは、突然現われた長身の男に腕を拘束されて路地裏の壁に押しつけられていた。



「いたたたたっ! な、なんなんだアンタ! 僕はシルフィアさんのっ……!」

「お前は断れないシルフィアに迫っていただけの下衆だ。とっとと失せろ。二度とシルフィアの前に姿を見せるな!」

「ひいいいっ」


 ライルはか細い悲鳴をあげながら、夜道を一人走り去っていった。




 私は現われた男と二人で残される。




「あの、助けてくれてありがとうございます。あ、あなたは……レヴィウス様……なのですか?」



 助けられた礼を言いつつ、私は言い淀む。



 私とライルとの間に割って入ってきた男性は、レヴィウスに酷似しているように見える。魔族の住処にいた頃の彼の外見とは少し変わって、完全に人間の見た目になっているみたいだけど……。



(この人、本当にレヴィウスなのかな。そうだとして、何でレヴィウスが私に会いに来たの? 人間と魔族が一緒にいるのは駄目って、そういう話になったんじゃなかったっけ? 私たちが二人で喋っても大丈夫なのかな? なんでレヴィウスはここに来たんだろう……。魔族の情報を知る者はやっぱり生かしておくべきではないと判断したとか、ケジメの一種だったりする!?)



 頭の中で色々な疑問が浮かんでくる。ストーカー客が現われたときも肝を冷やしたけど、レヴィウスと再会するのも、それはそれで恐ろしかった。

 もう会うことは無いだろうと思って魔族たちのことはここ数ヶ月は考えないようにしていたから、どういう対応を取ればいいのかも思いつかない……!




 そう思いながら戦々恐々としていると、目の前の男がじっと私を見つめながら言う。



「シルフィア……久しぶりだな」

「は、はい!」

「間違いなく俺はお前のレヴィウスだ。――魔族会議で魔族の住処に人間を招くのは禁止されたが、人間界へ魔族が行くことは禁止されていない。だから会いに来たんだ。人間界に魔族が現われると混乱するだろうから、外見を人間と同じものに変える魔術を使っている」

「はっ……! そ、そうだったのですね」

「シルフィアが持つ魔力を辿ってここまで来た。あんな不埒者に触らせる前にもっと早く来ていれば良かったが……。シルフィアの人間界の住処はあちらの方角だろう? 俺が送ろう」

(あっ、私の家の住所のこと、もうわかってるのね……)




 ストーカー客が現われた後ということもあって、自分の家の場所が知られるのは嫌だな、レヴィウス相手でも教えたくないな――という気持ちになっていた。だがそもそも隠すことは出来なかったようだ。

 私はレヴィウスの言うことに従うようにした。


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