26_カフェ開店のためにも下働きは大事
「シルフィア、これがラストオーダーね! ドリンクとケーキを二つ作ってちょうだい。ドリンクはアイスコーヒーとホットティーで」
「かしこまりましたー」
キッチンに来たホールスタッフ・アリアさんに注文を聞き、私は笑顔で頷いた。
(このテーブルのお客様は追加注文をしたのね。うちの店のメニューが気に入ってくれたなら良かったわ。それに、飲み物系は利益がよく出るし……)
そんなことを考えながら、私はオーダーされたメニューを作っていく。
私は今、王都のカフェ『キャンドル』で働いている。
人間界に戻ってきたとき、私には潤沢な資金があった。
お陰で、産まれ育った村を離れても住む場所には困らなかった。
王都の外れにある建物が空き家で格安で売られていたので、そこを買って住むことにした。
ゆくゆくはあの建物をカフェに改造して、自分の店を持ちたい。
だが、いきなり開店するのはリスクが高い。お金があるとはいえ、無計画に使っていったらいずれ枯渇してしまう。
そう思った私は、同じく王都にある店でまず働くことにした。
人通りが多いだけあって、王都だけでも一休み出来るサロンやカフェは沢山あったけど、私はそのうちのひとつにキッチンスタッフとして入り込んだのだ。
(私がやりたいのは裏で働くことだったから、キッチンが忙しそうな店を狙い撃ちして良かったわ。すぐに雇ってもらうことが出来た。しかも、こういうお店の稼ぎ方についても教えてもらえるしね)
カフェが閉店して仕事が完全に終わった後、スタッフや店長が少しの時間店に残るタイミングがある。そこで店長が店の売上について教えてくれるのだ。
人が沢山来るときは忙しいけど、大変さ以上に価値がある職場にありつけたと思う。
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カフェは閉店の時間になった。
私がバックヤードで一息ついていると、アリアさんと店長が中に入って話しかけてくる。
「今日も調理ありがとね、シルフィア。あ、店長もお疲れ様です」
「アリアくんには今月沢山働いてもらって悪いね。シルフィアくんもだけど……」
「私は平気ですよ! もっとシフトを入れてもらっても大丈夫です!」
私がそう答えると、店長はそう言ってくれるなら……と呟きながらスケジュール表を書き直しているようだった。
このカフェ・『キャンドル』の人員の構成は、私を初めとしたキッチンスタッフ数名と、アリアさんという女性がリーダーのホールスタッフたち、そして店長だ。
アリアさんは私より四つ年上で、長い赤髪をポニーテール結びにしてキビキビと働いている女性だ。本人はずっと接客業で働いているらしいけど、私から見るとどこか『女騎士』のような風格がある。見た目も声も綺麗で格好良く、私を初めとした後輩たちへの面倒見もいい。アリアさん目当ての常連客もカフェには沢山いるようだ。
店長――ゴッフェさんは壮年の男性である。優しくて、かつ少々押しに弱いところがある。そこが玉に瑕だけど、私が望むことは大体叶えてくれるから、上司としてはありがたい存在だった。
ゆったりした時間を過ごしていると、ドアベルがカラカラと鳴り、誰かが店の中に入ってくる。
「よう、ゴッフェくん。女の子たちも残っているようだな。丁度いい」
「はっ……オーナー! お疲れ様です!」
入ってきたのは、オーナーだった。
このカフェは店長とスタッフの他、店長の父親ほどの年齢の男性のオーナーがいる。
そして時々店に顔を出すのだ。
彼が店に現われるときは、大体店長に小言を言いに来るときである。今回もそれには漏れなかった。
「ゴッフェくん、今月の売上見せてよ」
「は……ここに。今月は先月に比べてもかなり調子がいいと見ているのですが」
「甘い! 実に甘いよ。ここに来る前にカフェ・メルタンにも行ったんだが、あそこはここよりもずうっと盛況だった。きみはこの店のポテンシャルを活かせていないよ! こんなにかわいい女の子たちがいるんだからさ、もっとフリルのついたスカートの制服にするとかさ……!」
「やめてくださいよオーナー!」
アリアさんが据わった目でオーナーの前に出た。
「うちはこういう制服だからこそ落ち着いた雰囲気の店内と馴染むんです。いきなり店のカラーと合わないものにしたらお客様だって戸惑いますよ。目先の売上を追いかけるだけじゃなくて、もっと店のこともちゃんと見て貰わなきゃ」
「はあ……。僕は一応経営者なんだけど、キミは随分とはっきり言うもんだね。最近の若者は冷たいんだから、まったく……」
「あの~アリアくん、オーナー相手なんだからそんなに厳しく言わなくてもさ……」
「いや、制服に関することは店長が私に前にそう話していたんじゃないですか! しっかりしてくださいよ! 店長!」
アリアさんはオーナーだけでなく、店長に対しても毅然とした態度を取っている。
やがて二人ともたじたじになって、夜も遅いしとなんとなく解散する流れになった。
(何にせよ、おおごとにならないようで良かったわ)
ちなみに、私は特に何の意見も出していない。三人が話している間、淡い笑顔で無言でいた。
こういう場では大抵アリアさんが話をいい感じに進めてくれるので、私は話す必要なしと考えたのだ。その判断は正しかった。
私はアリアさんのような頼れる人材になりたい訳ではなく、いてもいなくても然程気にされないような、そういう存在感でいたい。
この店でもずっと働く訳ではないのだ。いずれ別れるのだから、仕事で作業があるときだけ関わる存在――くらいの距離感を保ちたかった。
この店のスタッフは若者が多く、アリアさんを初めとしたスタッフたちはプライベートでも時折遊びに行っているらしい。
入った当初私も誘われたことがあるけど、「仕事以外の時間は勉強したいことがあるから」と断った。
いつか店を開くときのために勉強しているから、嘘ではない。
平穏に暮らすためには、そこそこの距離を取るのが一番いいのだ。




