10_レヴィウス様と二人でいられるなんて光栄です①
「レ、レヴィウス様!?」
「どうしてお前がここにいる?」
レヴィウスが赤い瞳を細めて低い声を出す。
(怒ってる)
私はそう察知して、恐怖で鳥肌を立てた。
今までなんとか魔族の好感度を上げて過ごすことが出来ていたと思ったけど、レヴィウスには通用しなかったのかもしれない。かつてないくらい彼の空気が張り詰めている。
(で、でも……怒られる筋合いはそんなに無い、はず。私は掃除の忘れ物を取りに来ただけ。忘れ物をしたことそのものに激怒された場合はもうどうしようもないけど……とりあえず説明はしてみよう)
私はレヴィウスに頭を下げて弁目した。
「申し訳ありません、レヴィウス様! ここ一帯は今日の掃除のエリアでした。この部屋を清掃したときに道具を忘れてしまって、取りに来たのです。忘れ物をするなど気の緩みの証拠! 以後は気をつけます!」
「掃除……? お前は以前もここに入ったというのか?」
「はっ。入ってはいけなかったでしょうか……?」
「……。この部屋の存在を知るのは、今は俺だけだ。クリムトも知らない。そうするように認識阻害の術をかけたからな。だが、人間であるお前には認識阻害の術の対象外になったということか……」
レヴィウスは目を閉じて何か考え込んでいるようだ。
(ここは本当は入っちゃいけない部屋だったってこと? 他の部屋と比べても人間の道具が沢山あるし、確かに不思議だなって思ってたけど……)
そう思いつつ、私はレヴィウスに謝罪をする。
「禁止されている部屋に不用意に入ってしまったようで、申し訳ありません……! 今後はこちらの部屋には入らないよう気をつけます!」
「…………」
「では、これで……」
「シルフィア。待て」
「えっ?」
そそくさと出ていこうとした私をレヴィウスが静止した。
彼は椅子に座った上で、自分の隣の空いた椅子を指しながら言う。
「俺のお前に対する態度は良くなかったと自覚している。このままミロワールにお前を引き渡したら、俺の悪評が奴にも伝わるかもしれない。その懸念は無くしておきたい」
「そ……そんな……私がミロワール様にレヴィウス様の悪評を流すということですか? しません、そんなこと!」
「……お前がそういう気持ちでいても、俺の方は気になるんだ。これは命令だ。こっちに来い」
「は、はい……! レヴィウス様との同席を許可されるなど光栄です……!」
口ではそう言ってみるけど、内心恐ろしくはあった。
(レヴィウスと接するときは……言葉を喋れないハウディは置いておいて、クリムトかリモネに一緒にいて欲しかったな……)
あの二人も魔族らしくはあるけど、行動原理自体は比較的わかりやすい。クリムトは仕事で成果を出した上でレヴィウスに忠誠を見せれば良いし、リモネは差し入れを入れつつ彼女の仕事ぶりを褒めれば喜んでくれる。
二人に比べると、レヴィウスの行動原理は未だに微妙に掴めないのだ。彼が城の外にいることが多くて、接する機会が少ないのもあるかもしれない。
が、命令だと言われたら逆らえなかった。
私はレヴィウスの隣の椅子に座る。
ここの城の椅子は大体が魔族サイズだけど、この椅子は人間が使っていたもののようで、私にもフィットした。反対に、レヴィウスは少々窮屈そうだ。彼は体格が大きいからだろう。
「レヴィウス様、そちらの家具は狭くはありませんか? 別の部屋から持ってきましょうか。隣の部屋に大きい椅子があったはずで……」
「いや、いい。この部屋はこの状態を保っておきたいのだ。……しかし、シルフィア。お前もこの城の間取りに随分詳しくなったな」
「は……はい! それはクリムト様やリモネ様が私に丁寧に教えて下さるからです」
間取りに詳しいのは、私が「この城の中に人間界に戻る手がかりが無いかな」という下心を持って仕事をしていたのもあるだろう。自分自身の進退に関わっているため、どこの部屋に何があるか必死で覚えた。
「そうか。それもあるだろうが……一番はシルフィア自身が励んだからだろう。……やはり、理由を話しておかないとな」
「……?」
「シルフィア。お前はよくやっている。それはわかっている。仮にお前が魔族ならばもっと重用していただろう。だが……俺にはそれが出来ない理由があるのだ」
レヴィウスは奇妙なことを言った。
私は彼の顔色を伺いつつ質問する。
「レヴィウス様が私を重用しないのは、私がそのうち他の方の城に行くから……ではないですか?」
「いや……。それもあるが、根本的には別の理由があるんだ。シルフィア。お前は、この城の使用人の少なさを不思議に思ったことはないか?」
「は、はい。ご立派な城の割には少ないと思っていましたが……レヴィウス様の部下は少数精鋭なのだと納得していました!」
「それは少し違うな。数百年前、この城には以前はもっと部下が沢山いた。今も雇おうと思えば雇えるが、訳あってそれはしていない……」
彼は本棚から古ぼけた本を取り出し、私に示しながら言う。
「シルフィア。この部屋を他の使用人たちに見せないようにしているのは……この部屋は、俺の父が使っていたものだからだ」
「レヴィウス様の、お父様……?」
「ゴルディウス・アドラー。それが俺の父親で、前の城主だ」
そう語るレヴィウスを見て、彼に初めて会ったときのことを思いだした。
アドラーは家名だと言った。それを聞いて、魔族にも家族がいるんだと意外に思ったものだが……。
「この広い城は、父が城主だったときに改装された。魔族の中でも強い魔力を持っていた父は、アドラーとそれに仕える者を繁栄させた」
「ゴルディウス様は、この城にはもうおられないのですか?」
「父はもう亡くなった。百年以上前のことだ」
「……そうなのですね。すみません、悲しいことを聞いてしまいました」
「別に悲しくはない。父のことを思い出す度に湧いてくるのは、怒りだ。シルフィア……」
レヴィウスはそう呟いて、本の表紙を指先で撫で、開いた。
その中に書かれた文を見て、私は思う。この本の中身は日記だ。男性がまた別の男性と出会って仲良くなるさまが書かれている。
「父はもともと人間に対して興味を持っていて、度々人間界に正体を隠して降りていた。そこである人間と仲を深めた。当時存在した国の王族、カストロ。父はカストロに会いに行って、そこで殺された」