水面の中の私
私は毎日、誰よりも早く起きて水を飲む。
どれだけ眠くても、寒くても。
静かに布団からでて、誰にも気づかれないようにゆっくり、忍び足で歩いていく。
台所に着いたら、冷蔵庫をそおっと開けて、[天然水]とかかれたペットボトルを探す。
この時間は、私にとって3番目に苦しい時間。
見つけたペットボトルを机に置いて、食器棚から透明なガラスのコップを取り出して、コップに水を注いでいく。
ポトポトと注ぐ音が、この静かな環境に鳴り響いた。
両親はまだぐっすり寝てるようなので、起きてくる心配はない、はず。
この時間は、私にとって2番目に苦しい時間。
たっぷり水が入ったコップを持ち上げ、上から覗き込む。
本来映るはずのない、私の顔が映っている。
何週間か前から、ずっと。
最初は少し驚いたけど、今となっては別にどうってこない。
今日も、泣いている私が映っている。
昨日と同じだ。
目を閉じて、一気に水を飲み干す。
この時間は、私にとって1番苦しい時間。
一時間ほど経って、両親が起きて来た。
「〇〇、おはよう」
「うん、おはよう!」
「〇〇は今日も元気ね。」
「うん!」
そう、私は元気な子。
どんなことがあっても落ち込んだりしないんだ。
朝食の時間になって、やっと姉が起きて来た。
「やばっ遅刻なんだけど!なんで起こしてくれなかったの?」
「そのくらい自分でちゃんとしなさい。ほら、〇〇だって1人で起きてるのよ?」
「あー、もう、うるさいうるさい!」
こんな姉だけど、メイクが上手かったり、運動も出来る。
私は姉に、少しばかりあこが…「〇〇、お姉ちゃんみたいになっちゃダメよ。」
「うん!」
そう、私は姉のようにはならない。
ちゃんとした人間になるんだ。
学校について、今日の授業の予習をしてた。
友達に話しかけられても、無視した。
友達は勉強の邪魔になるから無視しなさいって、お母さんに言われたから。
「〇〇真面目すぎ、もうちょっと息抜きしなよ〜、朝くらい。」
私だって、、、!
鞄からペットボトルを取り出して、真上から覗き込む。
悔しそうでもあり、怒ってそうでもある、、よくわからない私の顔。
朝の時と同じように、一気に飲み干す。
………………………………
そう、私は真面目な子。
だれよりも頑張るんだ。
数学の授業で、前回の期末テストが帰って来た。
「今回90点以上の人は、、〇〇さんだけでした!」
「すっげえ、またかよ。」
「〇〇ちゃんすごいね!」
「〇〇さん、頑張りましたね。次回も期待してますよ。」
そう、私はすごい子?
期待にもちゃんと応えないと。
家に帰って、お母さんにテストの結果を見せた。
「94点…6点も取れてないじゃない。」
「ごめんなさい、お母さん。」
「過ぎたことは仕方ないわ。2学期に向けて、もっと勉強しなさい。あなたはやればできる子なんだから。」
「うん、、」
そう、私はまだまだ足りない。
もっともっと頑張って、できる子にならなきゃ…?
夜中の一時。
両親も姉も寝て、起きているのは私だけ。
目の前にある5本のペットボトルを開けて、一つ一つ覗き込んでいく。
泣いてる顔、怒ってる顔、……
全部、、私の顔。
全てのペットボトルの水を飲み干して、布団に入る。
こんな生活を続けて、1ヶ月ほど経った時。
私は少しずつ、何かを失っているのではないかと思い始めた。
みんなには、ある。
1番大切なものが。
私には、、ない。
目眩や頭痛は毎日、吐き気もする。
医者に聞いたところ私は何かの病気だそうだ。
でも、死に至ることはない。
だけど、私は死ぬことよりも、どんどん弱っていく自分を見る方が怖かった。
どんな化け物よりも、怖い。
私自身がどんどんわからなくなってくる。
ふと[天然水]の文字が目に入った。
天然、、、そんなふうに、自由に生きたかったのだろうか。
ペットボトルをいつも通り、上から覗き込んでみたがそこにはもう何も映らなかった。
映るものがなかった。
今度は鏡の前に経って見る。
そこに立っていたのは、ただ人間の形をして息をしている、感情のない化け物だった。