オータムフェスティバル
千夏は午後五時半時に、一つ隣の駅の広場へ千夏は向かった。どうやらここで「荒川区オータムフェスティバル」が開催されているらしい。夕闇のなか、道路沿いには屋台が立ち並び、たこ焼きやお好み焼き、チョコバナナなどの匂いが立ち込め、見物客でごった返していた。
あちこちで蛍光イエローのはっぴを着た、フェスティバルのスタッフらしい若者達がチラシを配っていたので、千夏はそれを受け取った。そこにはフェスティバル会場一体の簡易地図と、ステージ発表に出演する団体一覧の名前とタイムテーブルが記載されていた。沙耶香から聞いた話だと団体名は「sweetness」で、そんな名前が沙耶香に似合わず、千夏はこっそり笑ってしまった。ちょうど、広場の特設ステージでやっている南京玉すだれの三つ後が出番らしい。千夏は見物客に混じり、それを見ながら沙耶香の出番を待った。
南京玉すだれの後はマジックショーが始まり、漫才、南米楽器演奏と続いた。それから一時半になった。楽器演奏者がステージをはけると、ステージの照明が柔らかなオレンジ色からピンク色に変わった。さらに、韓国アイドルグループの音楽が爆音で流れ始めた。千夏はスマートフォンを取り出し、動画撮影を始めた。そこへ、全身シルバーのキラキラ衣装を身にまとった女性九人組が、リズムに合わせ踊りながら登場した。美穂はすぐに見つかった。他のメンバーも千夏が過去に「吉高由里香改革」でお世話になったダンスサークルのメンバー達ばかりだ。だけど沙耶香がどこにいるのかよく分からなかった。千夏が目を凝らして見ると、なんと真ん中で踊っていた。
千夏は度肝を抜かれた。沙耶香は綺麗に痩せてほっそりしていた。千夏は驚きつつも嬉しくて手を振った。司会者がマイクを通じて、sweetnessを紹介した。見物客は湧き立ち、拍手で出迎えた。
みんな揃ってスレンダーで引きしまったプロポーションなのに、沙耶香だけ異質だった。なんというか、動きがコミカルで一番面白い。
「ねー、ママ、あそこに変な人がいる」
そばで父親に肩車されている幼い男の子が、その隣に立つ母親に言う。ステージ上で、沙耶香は変顔しながら上半身だけを左右に動かし、両腕を開いたり閉じたりしている。
「そうだねえ、おかしいねえ」
母親も我が子に同調する。
「ほら。また、変なの」
男の子が指さす。今度の沙耶香はステージのほぼ中央に立ち、まるでミミズがのたうち回るように腰を左右に振りまくっている。
「お尻ふりふり。うふふ」
男の子は笑う。次に、沙耶香は背を向け、尻を地面と垂直に一周させて振り向きウインクする。動きはセクシーなのに、ウインクする時の顔が変顔だから笑いが止まらない。見物客からも爆笑が上がった。
どうやらこのステージ構成は沙耶香を中心に構成しているらしい。一番踊りが下手なのに、一番注目を浴びているのは沙耶香だ。周りのダンサー達がフォローしながらも女神を崇め奉るように両手を振り、取り巻きながら踊っている。さながらイタリアの名画「ビーナスの誕生」のように、沙耶香は胸に手を当て、崇高な表情で天高く見つめ、直立してラストを飾る。大きな拍手と歓声を受けながら、sweetnessは袖にはけた。
千夏は人ごみをかき分け、ステージの袖に近づいた。そこにsweetnessのメンバーが一塊になって、それぞれ水分補給をしたり、互いに笑い合っていた。
「皆さんお疲れ様です」
「あー、千夏、きたー」
「沙耶香ー。美穂さんもー。かっこよかった」
千夏は笑顔を向け、沙耶香と美穂を同時に抱き寄せる。
「ねえ、ちなっちゃん。さやちゃんの話、聞いてあげて」
美穂は沙耶香に目配せして笑う。沙耶香は頷き、皆から少し離れたところに千夏を連れて歩き出した。
「ねえ。あんためっちゃ痩せたじゃん。綺麗になったね」
千夏は興奮気味に、沙耶香の二の腕あたりを軽く揺さぶる。
「あー、うん、まあね」
沙耶香はドヤ顔をする。その顔は太っていたときとなんら変わらず、千夏は嬉しくなる。
「なのに、あのコミカルな振り付け、なんなの。せっかく可愛くなったのに」
「いいの。あっちの方が、ステージは楽しいでしょ」
沙耶香は爽やかに笑う。なんだか雰囲気も変わったようだ。以前はもっと鬱屈して暗かったのに、その笑顔はとても明るい。
「言ってみるもんだね」
沙耶香はまだ息が弾んでいて、満足そうに笑い、額の汗をタオルで拭く。
「何が?」
「三人でニライカナイで飲んだじゃん? あのとき、私、本気で落ち込んでて。変わりたくて。美穂さんにダンスサークルに入れてくださいってお願いしてみたんだ」
沙耶香は千夏の前でペットボトルの蓋を開け、一気に水を口へ流し込む。
「そうだったんだ」
確かにあのとき、沙耶香が突然泣き出したのを覚えている。美穂があやして、励ましていたこともだ。千夏は特に気を留めていなかったが、そんな事態に発展していたとは驚きだ。
こうして見ると、顔がずいぶん小さくなったものだと、千夏はまじまじとその顔を見て感心する。以前は顔のパーツが中央に寄っていて残念な顔だった。でもそれは頬や顎に肉がつきすぎて、そう見えていたらしい。よほど激しい運動をしたのか、小顔になってスッキリしている。以前よりはるかに綺麗になっているので、同一人物とは思えない。
「千夏には内緒にしてた。あんたに会ったら、また酒、飲もう、遊ぼうとか言いそうになるから。甘えたくなくて。だからあれから、ずっと飲んでない。一滴も」
「嘘。すごい」
これは本心だ。沙耶香は黒糖焼酎が大好きだし、それが本人の趣味、生き甲斐みたいなもんだと千夏は思っていたからだ。
「美穂さん達がね、どうせだから十月のイベントに出ようよって言ってくれて。人前に出るなら一緒にダイエットも頑張ってみようよって。ちなっちゃんには内緒にして、あとで驚かせてやろうって」
「うん」
「それで、サークルのみんなに協力してもらって、食事制限もダンスの練習も、死ぬ気で取り組んだんだ」
沙耶香は自信に満ちた声で言い、また水を飲む。
「本当にすごいよ。短期間で見違えたもん」
「ありがと。もうさ、今までの自分、全部捨てたくて」
ガハハハという照れ隠しの笑い方は以前と変わらず、千夏は親しみを覚える。
「うん」
「千夏みたいに、私も努力して綺麗になって、いい恋愛したい、マサーキ君みたいな彼氏欲しいって思って」
「…うん」
正秋の名前が出て、千夏はぎゅっと胸が締め付けられる。
「勇気出して、美穂さんに言えてよかった。私、これからもっと頑張る。千夏のおかげ。ありがとう」
素直に礼を言い、沙耶香は千夏の手を取って握りしめる。今にも泣きそうなのに、歯を何本も見せてハツラツと笑う。その笑顔は千夏が過去に見てきたなかで一番、可愛くて尊い。千夏は沙耶香を、両腕で力強く抱き締めた。




