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サブスク

追加注文したワインと料理がすべて下げられ、店員がチョコレートケーキと、アーモンドプードル入りのガトーバスクを運んできた。千夏はガトーバスクを食べながら、海李の前に置かれたチョコレートケーキをぼんやりと見る。満足だ。こんなに素晴らしいご馳走は合計、いくらなんだろう。ファミレスのように伝票がそばに置いてないので、確認しようがない。


「千夏に受け取ってもらいたいものがある」

「え?」

千夏が見ていると、海李は荷物を入れたバスケットに手を伸ばす。それはラッピングされたオレンジ色の大きな箱で、海李は両手で抱え、千夏の前に差し出す。

「はい。これ」

「はい、って。なんですかこれ」

海李に持たされ、その箱を千夏はまじまじと見つめる。そしてその、見覚えのあるオレンジ色に震える。

「プレゼント」

「え? え? 私にですか」

「君以外にいないだろ。開けてみて」

海李は室内を見回して笑う。千夏は震える手で焦茶色のリボンを解き、包装紙を外し、箱を開ける。直後、目玉が飛び出しそうになる。そこに収納されているのは、他でもない、ホワイトレザーにゴールドの金具の、あのエルメスのバーキンだ。千夏は両手が震え、絶句したまま凝視し続ける。

「え…なんで」

やっとの思いで言葉を発すると、海李が穏やかに微笑む。

「こないだスマホで、そればっか見てたから。欲しいんだろうなって」


千夏は先日、海李と千葉へ行ったときのことを思い出す。そういえば車のなかで、ブランドバッグの定額サービスのサイトを見ていたような。何回も何回もバーキンのページを開いては閉じ、開いては閉じていたような。そんな曖昧な記憶が蘇り、急に恥ずかしくなった。それを見られていたのか。だからって海老で鯛を釣りすぎだ。むしろコーラでバーキンを釣ってしまった。

「でも、こんな高価なもの、いただけません」

千夏は厳格な顔で箱を突き返す。

「うん。まあ、そう言うよね」海李は驚く様子もなく頷き、箱を千夏の方へ押し戻す。「でも、欲しいのはこれでしょ」

「そうですけど…。だから、私はサブスクするからいいんです。お店に返してください」

そう言いながら、ため息が出そうになる。こんなピカピカの、見目麗しい新品が目の前にあるのに。千夏は無意識に口元が波打ってしまう。

「まあ、そう言うなって。ほんのお礼だから」

「ほんのって…」

「いつも病院、来てくれただろ」

お礼をするべきは助けてもらった自分のほうなのに。千夏は困惑しながらバッグをそっと撫でる。

「やっぱ、無理です。返してください。私に見合いません。サブスクします」

「ねー。サブスク、サブスク言うなら、ネットの店じゃなくて、僕を利用してよ」

「はい?」

「そこと違って僕は毎月、金払えなんて言わないし」

「じゃあ、何を?」


そこまで言って、千夏は途端に寒気がする。まさか体で払えとでも? そう思いながら正秋のことを思い出す。正秋とだってまだなのに。ふと、自分はことあるごとに正秋を思い返すことに気づく。思い出したくないのに。考えたくないのに。


「まだ生活するのは不自由だから。千夏にときどき家に来てもらって、介助してもらいたいんだよ」

海李は自分の左膝を指さす。千夏は急に恥ずかしくなり、そういうことかと納得する。だけど、それもちょっと考えものではある。自分は正秋が楓を家に入れたことを怒った。その後、自分も海李の家に入った。あのときは着替えさせられただけだが、今後はどうなるかわからない。

「でも、それならホームヘルパーさんとか呼べばよくないですか」

千夏はあえて遠回しに言ってみる。

「千夏がいい」

「今のヘルパーさんって優秀なんですよ。きっと私より気が利くし…」

「千夏がいい」

海李は繰り返す。その強情で悪そうな笑顔の海李に、千夏は思わず吹き出してしまう。とても一回り歳上の男性とは思えない。頭のなかに再び正秋がチラついた。悲しげな顔をしている。


「あの」

「うん?」

「私が家に入ってから。へ、変なことしないって、誓ってくれますか」

千夏は少し怯えて尋ねる。海李は目を点にして、しばらく沈黙する。

「あはははは! ごめんごめん。そうだよね。もちろん誓う。後藤も一緒に居させるよ。それなら心配ない?」

「はい。なら、いいです」

千夏は気まずそうに、下手くそに笑ってみせた。

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