追及
正秋はパンツのふちを掴んだまま、千夏を睨みつけた。
「何なんだよ。こんなときに」
「違う。そうじゃない」
千夏は噛みつくように言い返す。
「じゃあ、何」
「パンツも下ろして」
「はー!?」
「いいから。何もしないから。お尻、見せて」
正秋は意味がわからないとばかりに後ろを向く。瞬間、千夏は目を疑った。右のお尻、そのおよそ中央に、ホクロが横に二つ、並んでいる。千夏は戦慄した。吸い込まれるように正秋に近づき、真後ろで膝をつく。それから左手で正秋の腰をがっちり掴み、右の人差し指で勢いよくこすった。
「いって! 何もしないんじゃなかったのかよ」
「うるさい」
千夏が怒鳴りつけると、正秋はびっくりして固まった。千夏は懸命にそれをこすり続ける。何かの汚れじゃないのか。それがついているだけなんじゃないのか。そんなわけないと頭で分かっていても、手が止まらない。信じたくない。こんなホクロ、認めたくない。みるみるうちに、目に涙が溜まってきた。
「なんで…」
千夏は震え、涙まじりに言う。
「は? ねえ、もういい? 何なの」
正秋は振り返り、怒ってパンツを上げようとする。
「…ホクロ」
「え?」
「なんで、あるのよ…」
千夏は唇を噛む。ボタボタと音を立て、涙が床に落ちていく。見たくなかった。知りたくなかった。頭が割れるように痛くなり、足に力が入らない。千夏は床にへたへたと座り込み、シクシクと泣き出した。正秋はパンツとズボンを上げ、千夏を冷淡に見下ろす。
「何、泣いてんだよ」
正秋が千夏の肩に手をかけようとしたので、千夏は勢いよく振り払う。
「ホクロ。なんで、あるの」
「子どものときからあるよ」
正秋は不可解に言い返す。千夏がずっと下を向いているので、正秋はため息をつく。
「ねえ、俺の話、最後まで聞いてもらえる」
千夏は肩を震わせるだけで、何も言わない。
「あの日、大地さんに風呂は貸したよ。あの人は泊まりたがっていたけど、それは俺が拒否した。でも、雷が怖いのは分かったから、収まるまで、この部屋に居させた。大地さんが酒買ってきてたから、それ、飲みながら話してた。夜九時くらいまでだったと思う。この家は天野さん専用なんですねって言ってくるから、俺は千夏のことはすごく大切にしてるし、まだ触れてもいない、恋人に対してそうなのに、何で君を泊められるんだ、できるわけないだろって言った」
ああ、そうなのか。そこで楓は知ってしまったんだ。私と正秋がまだ体の繋がりがないことを。だからホクロを見たことがあるのは楓本人だけだと、暗に伝えてきたんだ。正秋のバカ。なんでそんなこと言っちゃうかな。酒、飲まされていたから? それにしてもなぜ。どうして楓にはホクロを見られる機会があったのか。
「なんで大地さんが、そのホクロのこと、知ってるの…」
「え!?」
正秋は急にショックを受けた顔をする。
「それは…」
正秋が言い淀んでいるのを見て、千夏は息が止まりそうになる。ダメだ。今すぐここから逃げよう。千夏はすっくと立ち上がる。
「ふうん。最低だね」
そう言ってずんずんと部屋を横切り、千夏は玄関を飛び出した。
千夏はタクシーに乗り、まっすぐ帰宅した。アパートの玄関を閉め、鍵をかけ、照明もつけずにベッドに直行した。その掛け布団を涙でぐっしょり濡らしている間、スマートフォンはバイブし続けた。正秋から延々とメッセージが飛んできたし、電話もかかってきた。激情に駆られ、スマートフォンを壁に投げつけようとしたときだった。再び一通のメッセージが飛んできた。
『明日こそデートしようよ』
メッセージの送信者は、海李だった。




