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エビ出汁

試作品失敗から数日経った。正秋は美味いと言ってくれたものの、食感に関して言えば完全な駄作だ。もっと励まないとと思い直し、千夏は会社で業務を終えると、料理教室へ足を運んだ。この日は海李は欠席らしく、太田原と細江だけが部屋に来ていた。


「今日はエビフライを作りましょう」

孝子の陽気な声を皮切りに、皆は調理に取り掛かる。千夏はすでにバットに用意された有頭エビの殻をむき、指示された通り背中に切り込みを入れ、背わたをとっていく。

「頭と殻は捨てないでね」

孝子に言われて、千夏は頭と殻をビニル袋に入れた。


数十分後、それぞれの手元にエビフライと千切りキャベツ、それにタルタルソースと白ごはんが完成した。生徒達が食べている横で、孝子はまだ何やらフライパンで調理している。

「先生、それなんですか」

「うん。みんなが残した頭と殻を使って、ちょっとね」

「手伝いますよ」

太田原が立ち上がって孝子のもとへ行く。

「いいの、いいの。食べてて。少し時間かかっちゃうから」

孝子はそう言って、エビの頭と殻を乾煎りし続ける。千夏達はそれを見ながら食べ進めていく。

香ばしいエビのいい香りが漂ってきた。孝子は乾煎りを終え、そこに熱湯と日本酒を注ぐ。ぐつぐつしたところでアクを取り、頭以外の殻を全て取り出す。出汁と青ネギを加える。青ネギがクッタリしてきたところで火を止め、豆腐を入れ、味噌を溶かし入れる。その手際の良さに、千夏はほとほと感心してしまう。


「すっごい美味しそう。エビ出汁の味噌汁ですね」

千夏がため息を漏らすので、孝子は嬉しそうに微笑む。

「そうよ。冷房、効いてるから飲めるわよね。熱々のエビだしの味噌汁よ」

皆はそれぞれお椀をとり、味噌汁をよそう。千夏は一口飲んだだけで、その美味しさに感服する。

「絶品んんん」

隣で素っ頓狂な声を上げるのは太田原だ。

「でしょう。特に、この脳みそが美味しさの秘訣なのよ」

孝子はエビの頭を指さして微笑んだ。


後片付けを終え、千夏は教室を出て、帰宅した。エビの出汁の美味しさを、改めて脳内で反芻した。これは何かに応用できないものか。そのときふと、茶碗蒸しのことが頭を掠めた。さらに、海李とのデートでご馳走になった魚介のスープのことを思い出した。

「エビっていいかも」


翌日、千夏はいつも通り業務を終え、正秋のマンションへと向かった。途中でだいふく屋に寄り、有頭エビを買って帰り、千夏はキッチンで材料を広げた。正秋はまだ残業しているらしく、集中して練習できそうだ。

「よし」

孝子がやっていたことを思い出し、千夏は気合を入れて調理を始めた。


一時間ほどして、エビ出汁の茶碗蒸しは完成した。今度は「す」も入ってないし、なかなか良さそうな見た目だ。スプーンですくって味見してみたところ、千夏は眉間に皺を寄せる。

「薄っ」

千夏は独り言を言い、腕を組む。なぜだ。エビはしっかり乾煎りしたはずなのに。エビ以外にも、昆布と鰹の出汁も投入しているのに、おかしい。そうこう言っているうちに、スマートフォンに正秋からメッセージが飛んでくる。今日、正秋の家にいくと伝えてあったので、これから帰るという連絡だ。

「失敗作、その二じゃん」

どうせこれを正秋に出したら、本人は文句も言わずに食べる。美味しいとか言ってくれる。そうに決まってる。でもきっと本心では色々と思うはずだ。もうちょっと味がパキッとしていればとか、ぼやけてるとか。そして、正秋は優しいから指摘してくるようなことはしない。それが悔しい。千夏はうなだれて、茶碗蒸しを二個とも急いでかっこんだ。それから急いで正秋用にエビのソテーを作り始めた。


その後はしばらくの間、千夏は正秋が残業や外出で帰りが遅い時を見計らって、何度も正秋のマンションへ通った。キッチンに立ち、孝子に教わったことを反復練習した。やればやるほどスムーズにできるようになり、勘が冴えてくるのは、自分でも肌で感じた。かつ、エビの旨みをいかに取り込むか、ちゃんとモノにできるか、仕事以上に情熱を注いだ。


エビ出汁の茶碗蒸しは日を追うごとに、だんだんとまともな味と食感を形成していった。だが、絶対に正秋に食べさせる気はなかった。作っている最中に正秋が帰ってきてしまうことは多々あったが、頑なにブロックした。誕生日当日まで楽しみにしててほしくて、千夏は取り憑かれたように茶碗蒸しを作り続けた。

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