言い方
その週の金曜日の午後、制作部の部屋の隅で、千夏は楓と打ち合わせをしていた。クライアントの撫子ワークスがウェブページに、創業十五周年を記念する特設ページをつくることになったらしく、その進行を千夏にお願いしたいという話だった。
千夏は礼儀正しく応じるも、頭の中はモヤモヤしていた。楓の宣戦布告から、会社に来て楓と顔を合わせるのが嫌でたまらなかった。いっそのこと別部署だったらまだマシだったのにと思いながら、そんな様子はおくびにも出さず、千夏は楓の説明に耳を傾けた。
「ウェブデザイン課がページ制作するとして、そこに使うイラストは杉崎君に引き続きやってもらいたいんです」
楓が説明すると、千夏は楓の制作したらしいラフを見て確認する。
「ですね。このページだけなら私でも回せると思います。コンセプトはこのラフにある、十周年記念の時と同じにするってことでいいんですよね」
「はい。女性のお客様に感謝を伝えたい、ってことを全面に出してほしいらしくて」
「了解しました。でも、このページ下部の、商品を持ってるモデルの写真、どうするんです?」
千夏はラフを指さす。
「それはカメラマンの平林さんが撮ります」
「平林さん…。いや、それはやめてください」
「何でですか」
楓に聞かれ、千夏はフリーランスで男性のカメラマン、平林のことを思い出す。過去に別の案件で写真撮影をお願いしたのだが、内気な平林はモデルと話すのが苦手で、撮影現場にはぎこちない空気が流れていた。モデルの表情が一様に固くて使い物にならず、別のカメラマンが後日、再撮影する羽目になったのだ。
千夏は少し離れたところに座っている冬馬の方に目をやる。黒岩も冬馬も嫌そうな顔で首を横に振っている。過去に平林の撮影トラブルに巻き込まれた黒岩が、すでに冬馬に事情を伝えてあるのだろう。
「平林さんは人物を撮るのは得意じゃありません。外観写真とか風景写真ならいいんですけど」
「いや、でも一個一個、こんな小さなカットですし。あとで切り抜きしますし、別にいいんじゃないですか」
楓は面倒臭そうな顔をする。千夏はこういう楓の顔を初めて見て、にわかに嫌な気分になった。
「小さいって言っても六カット分、載せるんですよね。前に、人物写真撮らせて、ちょっとそれで問題があったんです」
千夏は譲らない。
「まあ、ちょっとくらい下手でも、レタッチをすれば…」
楓にそう言われ、チラリと黒岩と冬馬の方を見る。変わらず、二人は首を横に振っている。
「いえ、本当にやめた方がいいです。私が人物撮影が得意な他のカメラマン、手配しておきますから」
「そんなお手間はかけません。第一、これくらい出来なくてどうしてフリーランスだっていえるんですか」
話の通じない楓に、千夏は思わずカッとした。
「いやいや、だからさっきから言ってるでしょ。カメラマンにも得意不得意の、領分があるんです。そんなの、後々デザイナーの作業量が余計に増えます。クライアントからもクレームきますよ。他のカメラマンに変えた方がいい。絶対やめといた方がいいの」
「千夏」
話に割って入ってきたのは正秋だ。制作部に他の用事があってきたらしい。
「何」
千夏は正秋を嫌そうに見返す。
「言い方。他にもっとあるだろ」
「でも…。うん、大地さん、ごめんなさい」
千夏は反省してすぐに楓に頭を下げる。一方の楓は、謝る気はないようだ。
「ああ、大地さんすみません。平林さんは本当に、それが苦手みたいなんですよ。レタッチも結構大変になっちゃうんで、そうするとデザイナーも工数増えるみたいだし、結果としてディレクターの手間も増えちゃいますから」
正秋が楓に向かって穏やかに言うと、楓はにっこり微笑んだ。
「そうでしたか、了解しました」
何だその態度は。千夏と違い、相手が正秋だと打って変わってしおらしい。
「わかんないですよね、パートナーの力量とか」
「はい。そう言うのは古株の方の方が詳しいですもんね」
は? 古株、だと。千夏は正秋の方を見る。正秋は意に介さないらしく、特にそれには反応しない。
「天野さん、私、新人なんで。これからもビシビシ、意見してくださいね」
だからビシビシ言ったんだろうが。しかも新人って何だ。年齢はお前も私と同じく「新しくない」世代だろうが。この女こそ言い方に問題がある。楓は千夏に向かってニコニコしながら、一瞬だけ真顔になった。千夏がビクッとすると、再びニコニコ顔に戻った。千夏は軽く癇癪を起こしそうになるも、正秋の目をみてグッとこらえる。
「ですね。引き続きよろしくお願いします」
正秋はそれだけ言って楓に礼儀正しく頭を下げると、長谷川の方へ行ってしまった。
ムカムカしていたのもあって千夏は豪速球で仕事を終わらせた。午後六時ちょうどに千夏はタイムカードを切り、制作部の部屋を出ようとした。
「さっきはお疲れ」
「お疲れ」
小声で話しかけてきたのは冬馬だ。
「大地さん、思い込みが強いっていうか、頑固なんだよ。こう、って思ったら失敗するまで気づけないんじゃない」
柔軟な思考力で次々に別案を出す冬馬が言うと、とても説得力がある。千夏はうんうんと頷く。
「そうかも」
「時間と予算が潤沢にあるなら、失敗させればいいと思うけどね。そうもいかないし、あの程度の言い方じゃ俺は問題なかったと思うよ。大地さんの方が問題だ」
その通りだ。そして、楓本人は正秋の言うことは素直に聞くのだ。千夏にはそこが腹立たしい。
「ありがと。変なカメラマンあてられると、苦労するから。助かる」
「…どういたしまして」
「マサさんはああ言ってるけど、気にすんなよ」
こういうところは元彼らしいと思ってしまう。今この瞬間、千夏の気持ちを汲んでくれているのは正秋ではなく、冬馬だ。なんだか少し涙ぐみそうになる。
「それと、千夏さあ…」
「何」
自分の姿をまじまじ見てくる冬馬に、千夏は気まずそうに見返す。
「前よりいいケツになったよね」
冬馬が耳打ちしてきたので、千夏は怒ってバッグを振り回す。冬馬は笑いながらお疲れといい、男子トイレへ逃げて行った。




