スキンシップ多すぎ
お盆が過ぎ、夏季休暇を終えて出社する社員が増えた金曜日、楓の歓迎会が駅前の焼き鳥居酒屋「いいとこどり」で催された。参加したのは制作部デザイン課のメンバー全員とウェブデザイン課が数名、営業部や総務部からもちらほら参加者がいた。
「遅ればせながら、大地さんの入社を歓迎して、乾杯」
部長の長谷川が乾杯の音頭をとり、グラスを掲げる。一同も乾杯と言い、グラスをぶつけ合う。楓はいち早く立ち上がり、グラスと瓶ビールを持ってあちこち歩き始める。流れるようなその動きがまるで冬馬のようだなと、千夏は感心する。
千夏の座るテーブル席は部屋の隅で、正面にはデザイナーの白井と黒岩、右隣は空席になっている。平均年齢が低いテーブルというのは気楽で落ち着くものだ。千夏は巨峰サワーを飲みながら枝豆をつまむ。
「こないだの前田設計って、どうだったんですか」
白井が興味深そうに尋ね、千夏につられて枝豆を手に取る。
「あー、多分、受注できると思うよ。杉崎君が回せない時は手伝ってあげてよ、二人で」
「んー。聞いておいてあれですけど、ちょっと自信ないです」
白井と黒岩は意味深に目配りし合う。
「そうなの?」
「はい。前田設計とのやりとり、メールで見ましたけどかなり手厳しいですよね。目が肥えてるクライアントは僕は苦手です。冬馬さんが毎回ビシッと修正対応してて、本当にすごいです」
白井はやれやれという口調だ。黒岩も感心したように頷く。
「うん。杉崎君て、客にあれこれ言われても頭ん中で再構築して、手を動かすまでのスピードが速い、速い。私には無理」
ふうん。やっぱり冬馬は優秀なのか。やや白けた様子で千夏が聞いていると、冬馬が瓶ビールを手にやってきた。どうやら楓同様にお酌をして社内営業をしてきたらしい。毎度の愛想の良さに千夏は苦笑する。
「みんなー、飲んでるー?」
「飲んでるよ。ちょうどみんなで杉崎君を褒めてたとこ」
千夏はそう言って瓶ビールを奪い取り、冬馬にお酌する。
「なんすかそれ。アザース」
冬馬は千夏の右隣に腰を下ろし、グラスに口をつける。
しばらくデザイナー達とワイワイ話しているところ、千夏は隣のテーブルにチラリと見る。正秋は営業部の部下達と楽しそうに談笑している。楓はもう少し離れた席に座り、営業部課長や部長など上司達と話している。そのまま正秋に近づくなよと、千夏は念を送る。
ふと、目の前を見る。いつの間にか黒岩と白井の姿がない。千夏がキョロキョロすると、二人は総務部のメンバーのテーブル席に移動し、何やらゲームに参加している。楓もそちらに移動して、挨拶をし始めた。千夏の予想通り、総務部課長の生野がしゃしゃり出てきて楓の肩を抱く。さらには手まで握りしめている。スキンシップといえば聞こえがいいが、果たして職場で必要なことなのか。こんなセクハラ大王を放置しているのは社長の責任だなと苦々しく思いつつ、相手が楓なので放置する。
が、楓はすぐ後ろのテーブルにいる正秋の肩を掴む。生野に愛想笑いしながら、正秋へ助けを求めているらしい。どうするのかと千夏が虎視眈々とうかがっていると、正秋は席を立ち上がり、生野と楓の間に割り込んだ。なんだか前にも見たことがある光景だ。そう、以前の飲み会で、冬馬が春菜と林の間に割り込んだときとまったく同じ状況だ。正秋は冬馬ほど愛想は良くないし、目立ったことはしない。だが、生野にスマートフォンの画面を突き出して何かを見せている。生野の顔がどんどん険しくなっていく。
「何が始まったのかな」
冬馬が総務部の方を見てぼやくも、千夏は頬杖をついたまま反応しない。
「ねえ、千夏、ヤキモチ妬いてんだろ」
「妬いてるよ。悪い」
千夏は吐き捨てるように言い、目線は正秋と楓にロックオンしたままだ。
「別に悪くないけど。いいなー、マサさんは妬いてもらって」
「あんたも妬いてもらえば」
「俺はマサさんに妬いてる千夏に妬いてるから」
また始まった。千夏はそばにあったたたききゅうりをバリバリと食べる。
「大地さんって結構、食わせ者だよね。ありゃー、完璧にマサさん狙いだよな」
第三者の冬馬が見てもそう思うんだから、当然そうなんだろう。楓は正秋の前腕あたりを撫でている。
「おい、スキンシップ、多すぎじゃね」
冬馬が二人の方を指さして笑う。千夏はムカムカするが何も言わず、焼き鳥の串から肉塊を一つ、ガブリと噛んで引き抜く。我慢だ我慢。この間もそうやって正秋と喧嘩したばかりだ。正秋の前ではいつでも笑顔でいたい。もっと優しく器の大きい、いい女でありたい。千夏は豪快に咀嚼し、巨峰サワーの残りで一気に流し込む。冬馬がそれを見て、店員におかわりを注文する。
「冬馬はヒナコさんとどうなの」
千夏が空いたグラスを見つめながら冬馬の元妻、ヒナコの名を口にすると、冬馬は気だるそうにため息をつく。
「さあ、どうなるんだろうね」
そういうところだよ。優柔不断な冬馬を見ると、つくづく別れて良かったと千夏は思う。
「ねえ。そういえば俺ら、飲みに行く約束、果たしてないじゃん」
「そんな約束、したっけ」
したのは覚えている。だけどそれは冬馬とも正秋とも付き合う前の話だ。今更果たすつもりはない。
「うわ。ひっで」
冬馬は不満げに頬を膨らませ、千夏をじっと見てくる。千夏が見返すと、頬を膨らませるのをやめた。ああ、こうやって見るとやはりイケメンではある。だけど冷静に見ると、冬馬よりも海李の方が目が大きくてさらにイケメンだ。どっちも性格、捻じ曲がってはいるが。
店員がおかわりの巨峰サワーを運んできた。冬馬がそれを受け取り、千夏の手に持たせる。千夏は景気良く口に流し込んだ。だんだん酔いが回って、引き笑いをし始める。上半身をゆらゆらさせていると、急に腰のあたりに温かさを感じた。冬馬がいつの間にか腰に手を回している。
「ちょっと、あんた何やってんの」
「マサさんはひどい人だよなー。こんなに可愛い奥さん、ほったらかしにするんだから。もうフラフラじゃん」
「お前、スキンシップ多すぎな」
目の前にいきなり誰かの手の甲が現れる。その手は冬馬の顔を引っ掴み、脇へと押しやってしまった。
「痛っ」
千夏がぼんやり見ていると、気づけばすぐそばに正秋と楓がきている。正秋の顔はニコニコしているが、得意の営業スマイルだ。正秋はさらに冬馬の片腕をひき、千夏の隣から引き剥がした。




