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レセプションパーティー②

どうやら、前田設計の重役達のお出ましのようだった。多くの人間が集まり、挨拶を交わした。正秋が楓のもとから離れ、部下の春菜とともに挨拶待ちの列に並んでいるのが見え、千夏は心の中で「頑張れ」と応援した。


まるで九官鳥のようにつまらない冗談を繰り返すイケオジをシカトして、千夏はフィンガーフードを物色する。一口サイズの小さなハンバーガーがあり、千夏はそれをつまんだ。お腹が空いていたのでとても美味しい。二個、三個と立て続けに食べ、これはどうやって作るのだろうと思案する。

「これはなかなか作るのは難しいと思うよ」

いつの間にか心の声がダダ漏れだったらしい。イケオジにニヤニヤされ、千夏はキッと睨みつける。

「お構いなく。私、今度から料理教室に通うんで」

「料理教室ー?」

「そうですけど、何か」

「お姉さん、包丁持ったことあるの」

千夏がイケオジを適当にあしらっているとき、パタパタと春菜がやってきた。

「あー、いたいた。千夏さん、ちょっと助っ人お願いしたいんですけど」

「へ?」

ほおにミニハンバーガーを突っ込んだまま、千夏は両眉を寄せる。

「係長、すごい頑張っちゃってて。早く」


春菜に強引に手を引かれ、千夏は賑わっているエリアの中央へと進み出る。そこでは周囲の喝采を受けながら、正秋が前田設計の社員と飲み比べをしている。

「なんでこんなことになってんの」

千夏は持っていたチャイナブルーで食べ物を飲み下す。

「いいから。私、今日に限ってお腹の調子悪くて。加勢してあげてください」

「えー?」

正秋や春菜と違い、自分は体育会系の営業職でもなんでもない。なのに、なぜ飲み比べに参加せねばならないのだ。春菜に背中を押され、千夏は動揺しながらも正秋の隣に立つ。顔を真っ赤にした正秋が千夏に気づき、肩をポンポンと叩く。

「我が社のピンチヒッターが来ました」

正秋は意気揚々と千夏へビールの入ったグラスを手渡す。すると前田設計側も、別の男性社員を代打に立ててくる。場が熱狂し、あたりから声援が上がる。

「千夏、ごめん。助けて…」

正秋はこっそり、千夏に耳打ちする。千夏は正秋の顔を見た。顔色がものすごく悪い。千夏は真剣に見つめ返し、黙ってこくこくと頷く。

「レフェリーも交代するか。じゃあこれ、決勝ね。最後まで立ってられるのはどっちかな。業者がうちに勝ったら、仕事一本、あげちゃう」


先ほどのイケオジが横柄に笑って仕切り出す。業者というのはヒロイン・デザインのことかと千夏は理解する。そう、前田設計から見ればうちのような広告屋は出入り業者の一つに過ぎない。顎で使われてなんぼの世界だが、なんとなく腹立たしい。


千夏は仕方なしにビールを飲み始める。苦いし、まずい。「こういうのはアルハラになります」と権利を振りかざすのは簡単だが、場は白けるし、クライアントの心は掴めない。そう、いわば、会社のためだ。千夏が腹を括って一杯目を飲み干すと、対戦相手も飲み干した。周囲から歓声が上がるなか、千夏はさらにもう一杯、口につける。二杯目は少し時間がかかったが、こちらも頑張って飲み干した。一方、対戦相手はグラスを取り落とし、背後に倒れた。皆が笑いながら敗者の彼を介抱し、千夏には勝利を祝う大きな拍手が送られる。


千夏が両手でガッツポーズを決めながらキョロキョロするも、そばにいたはずの正秋の姿がない。首を伸ばして遠くまで見渡すと、窓近くのソファで正秋が座り込んでいるのが見える。よほど具合が悪いのか、顔を天井に向けて手で覆っている。その隣に楓が座り、水が入っているらしいグラスを渡し、ハンカチで額の汗を拭いている。


おい、やめろ。人の男に触るな。無性に腹が立ってきて、千夏は酔った勢いにまかせ、イケオジのストラップをぐいっと引っ掴む。

「ちょっと、千夏さん、ダメ」

千夏の手を離させようと春菜が間に入るも、イケオジは引っ掴まれたのを楽しむように、春菜を笑顔で牽制する。

「まあまあ。僕はいいんですよ」

「ねえ、あなた。うちの会社が勝ったんだから、お仕事くれるんですよね」

千夏はイケオジの顔を近くに引き寄せ、焦点の合わない目で睨み、低い声で凄む。イケオジは一瞬怯んだ様子だが、すぐに紳士的に笑い出す。


「そうだな。前向きに検討しますよ」

「あと、私ねえ、ビールは嫌いなの。口直しにさっきのもう一杯、作りなさいよ」

「千夏さんってば。ああもう、申し訳ありません」

春菜が焦ってイケオジにペコペコ謝り、千夏の肩を引くが、千夏はそれを勢いよく振り払う。

「それとねえ、婉曲話法も大っ嫌い。ビジネス中に大和言葉は要らないんだよ。さっき、仕事一本あげるって言ったじゃん。嘘つきは泥棒の始まりだって、ママに教わんなかったの」

それを聞いて春菜は恐縮して固まるが、前田設計の社員達はどよめいたり、いいぞーと声援や爆笑が湧き起こる。イケオジは人一倍大きく笑いながら、先ほどのドリンクコーナーへゆったりと歩いていき、再びチャイナブルーを作り出す。千夏がずんずん歩きながらついていくと、春菜も追いかけてくる。部下らしい人間たちも続いてイケオジを手伝い、千夏に新しいチャイナブルーを差し出した。

「ああ、これよこれ。飲み直さなくっちゃ」

「お姉さん、ファイトがあるね。そんな鼻息荒くして、会社でお局様って言われてるでしょ」

イケオジは頼もしそうに微笑む。

「お姉さんでもお局でもないんだよ。ヒロイン・デザインの天野です。あ、ま、の、ち、な、つ。覚えときな、早口おじさん」

千夏は完全に酔っ払い、イケオジの顔を真正面から睨みつける。イケオジは曖昧に笑い、千夏の頭を馴れ馴れしく撫でた後、手を握りしめる。

「分かったよ、ちなつ。うちの浜口から、また連絡させるね」

意識したのか、イケオジの喋り方は少しだけゆっくりだった。

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