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腕のいいディレクター

楓が入社して三日経った。千夏がいつものように社外のビジネスパートナー達やクライアントとメールのやり取りをしていると、正秋が制作部の部屋に入ってきた。


「すいません、大地さん…でしたっけ。営業部の安田です。前田設計の件なんですけど」

「はい、大地です。メール見ました、よろしくお願いします」

「今、ちょっと話してもいいですか」

「はい」


千夏は二人が話し始めるのを凝視する。ヤバい。気になる。今日の楓は一段と色っぽく、Vネックのサマーセーターから胸がチラ見えしている。ただでさえどんぶりじみた胸だ。正秋が気にならないわけがない。しかも、なんか距離、近くないか。隣で机に手をついて話してる正秋の肘に…。楓の胸があたってる。わざとか。しかもその、潤んだ瞳はなんだ。そんな目で正秋を見るな。


千夏は気が気でなくなり、イライラしながら自分の仕事に戻ろうとする。しかしまったく手がつかない。さっきからパソコンの画面上で、メールの新規作成画面を開きまくっている。


一瞬、楓と目が合った。その美しい顔に一瞬、千夏は見とれた。それからすぐに画面に目を戻す。新規作成画面が二十件分も出ていて、千夏は慌てて閉じる。

「天野さーん」

急に大声で呼ばれ、千夏はビクッとして振り返る。部屋の戸口から呼ぶのは白井だ。

「何?」

「すいません。ちょっと、刷り上がったカタログ運ぶの、手伝ってもらえませんかー」

「はーい」

千夏は後ろ髪をひかれながら、部屋の戸口へと向かった。


千夏は白井とともに物置部屋へと歩いていく。千夏もついていき、台車を廊下に出すのを手伝う。一人一台ずつ転がし、エレベータへ乗り込む。一階へ到着すると、エントランスへ向かった。そこにはいつもヒロイン・デザインが贔屓にしている印刷屋、高光のスタッフが待ちかねていた。白井が請求書を受け取り、そのスタッフは帰っていく。


「ねえ、ディレクターの大地さん、デザイナーからみて、どう?」

千夏は気楽な感じで聞きつつ、カタログの山を台車へ乗せていく。

「やりやすいですよ」

白井も同様に台車へ乗せていく。

「どんなところが?」

「どんなって言われると…。えーと、結構、好きなようにやらせてくれます」

「へえ。初校を提出した後、修正の戻しが多いとか、そういうことはない?」

「そうですね。大地さんには、クライアントに言われたまんま作っただけの案と、それを改良した案、クライアントの意見無視して俺がやりたい放題つくった案、みんな出してっていわれるんです」

「へー。じゃあいつも三案以上、作れってこと? 結構大変だね」


千夏が見ていると、デザイナー達が提出するデザイン案は二案程度が普通である。閑散期ならともかく、多忙期はいくつもアイディアが浮かぶ暇もないし、修正の嵐が来るなら最初から小出しにしていくほうが体力を削られずに済むからだ。

「まあ、大変と言えば大変なんですけど。このクライアントはこういうのが好みだからA案はこうしてみてとか。でもB案は別の切り口でやってみてくれないかなとか、たとえばこういうのはどう、とか。事前情報いっぱいくれるし、アイディア出しも手伝ってくれるんで、そこまで辛くないです」


それを聞いただけで、少なくとも住谷よりは楓の方が優秀だと千夏はすぐに理解する。クライアントという生き物はワガママなものだ。パンフレット一つをとっても、青い色をベースに使いたいとか、今っぽくしたいとか、あれこれ注文をつけるわりに、その内にある自社のブランドイメージや、コンセプトというものを理解していないことが多々ある。ふわっとしたイメージのまま、制作会社に作業依頼してしまうのだ。


いいディレクターだとクライアントの表現したいもの、その目的を正確に汲み取り、制作物の方向性を決め、舵を取ることができる。制作するデザイナーにもそれを正確に伝えることができ、修正も最小限で済む。さらに、見方を変えた別のアプローチも提案し、ゴールまでの道のりが一本ではないこともアドバイスできる。その道のりが多すぎるとクライアントは混乱し、判断に迷いがちだが、ディレクターがいくつかに絞ってくれると、選択肢に幅もあり、かつ迷わずに済むというわけだ。


「競合他社から来た、貴重な人材なだけあるね」

千夏は楓の実力を認める。まだ社内で上から評価されているわけではないが、それも時間の問題だろう。こういう仕事のデキる女がすぐそばにいると、千夏は嫌でも劣等感を感じてしまう。


昼休憩になり、千夏は休憩室へ向かった。廊下で生野に今日はスカートじゃないかあ、残念だあと呟かれ、そのつま先をピンヒールで踏んでやった。生野とその悲鳴を廊下に残し、千夏は休憩室内を見回した。春菜が一人で昼食をとっていたので、千夏は軽く手を振った。


「一緒に食べよ」

「はい」

春菜とは色々あったが、女子会にも呼んだし、こうして再びランチをともにする仲に戻れている。春菜の方は正秋のことを本当に吹っ切れてるらしく、千夏にスマートフォンの画面を見せてくる。

「私の推しなんです。今度ライブにも行くんです」

どうやら最近話題の男性アーティストらしく、中性的で美しいその顔は世の若い女子達の人気を総取りしているらしい。

「そうか…」

なら良かった、と千夏は言いそうになるが、そこは控える。


そのとき、楓が休憩室へ入ってきた。手に大きな白い箱を抱え、一人ひとりに何かを配っている。千夏たちのテーブルにも、彼女はやってきた。

「お疲れ様です。帰省したので、地元のお土産です」

春菜は軽く会釈して、個包装されたそれを受け取る。宮古島のマンゴー大福らしい。

「大地さん、ご実家、沖縄なんですね」

千夏が声をかけると、楓はたおやかに微笑む。まさにエキゾチックな美人ちゅらかーぎーだ。

「ええ。天野さんも、どうぞ」

楓は千夏にもひとつ、手渡すと、別のテーブルへと移動する。千夏がそれを細目で見ているところ、春菜が呼びかけてくる。


「千夏さん。あの人ですよね。先月入ったディレクター」

春菜は低い声でいい、露骨に嫌そうな顔をする。

「うん」

「なーんか、千夏さん以上に私、あの人のこと、嫌いかも」

春菜が目ざとく千夏の顔色を伺って言う。

「ちょっと待って。私はまだ嫌いとか言ってないし」

そう言う千夏に、春菜は声を立てて笑い出す。千夏は事情が飲み込めず、眉に皺を寄せる。

「まだ、って何。今後は言うつもりがあるんですか」

「そんなこと──」

「もう、顔に書いてありますよ。お前なんか嫌いだって」

的を得たことを言う春菜に、千夏はじわじわ笑いが込み上げてくる。

「でもね。残念ながらあの人、仕事はできるんだよ。社内営業も完璧だし」

「だったら尚更。あざとい巨乳女は品性なさすぎて不合格。ピュアで崇高な係長に釣り合うのは、”付箋紙のひまわりみたいな”千夏さんだけですよ」

正秋の言葉を引用する春菜に、千夏は笑って感謝した。

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