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その気にさせろ②

店員が千夏のおかわりしたグアバサワーと、沖縄のお好み焼き「ヒラヤーチー」を運んできた。


「でも、少し変ですよね」

春菜は気に食わなそうにして、ヒラヤーチーを箸でつまむ。

「何が」

千夏は残りの豆腐ようを飲み込み、春菜を見つめる。

「だって。大好きな彼女と旅行中にエッチしないとか。ありえなくないですか? 倦怠期じゃあるまいし」

千夏には耳の痛い話だ。確かにこれは自分も寂しかった。だけど友人にありえないとまで言われると、余計切ない。

「うーん。きっと純愛なんだよ」

美穂が知ったふうな調子でフォローし、微笑む。そこへ、沙耶香がヒヒヒと薄気味悪く笑う。

「大丈夫なの? 変な病気とかなんじゃん?」

「あんた、人の彼氏に向かってよくそこまでズケズケ言えるよね」

千夏はムキになり、グラスをガンと音を立てて置く。沙耶香は肉巻きを咀嚼して焼酎で流し込み、何を今更とばかりに目を見開く。他の二人は面白そうにゲラゲラ笑う。


「だって同じ宿で、同じ部屋に泊まって。浴衣にもなったんでしょ。しかも、帰ってきてからもずっと一緒にいたのに? フツー、襲うよね」

「うん」

美穂もあっけらかんと沙耶香に同調する。

「マサーキ君てさ。ちゃんと勃つの」

「失礼な。勃つよ」

千夏が沙耶香に噛みつくと、他二人も激しく笑い出す。

「だよねー。前に襲われかけたことあったもんねー」

美穂が訳知り顔で言う。それは言うなと千夏が口を塞ごうとするも、春菜にブロックされてしまう。

「えー。何その話」

沙耶香はロックアイスをグラスに入れ、鏡月の瓶をグラスに傾けると、焼酎をトクトク注ぐ。春菜も千夏を取り押さえながら、聞きたそうに何度も頷く。

「ちょっと…前にそういうことがあって」

千夏は恥ずかしくなってうつむく。

「そのときは係長の股間にね、それはそれは立派なトックリヤシが生えてたんだってー」

美穂が両腕を大きく広げ、これ以上ないほど明るく言い放つ。沙耶香も春菜も大爆笑だ。


千夏も思わずつられたが、その笑いはすぐにフェードアウトしてしまう。そう。そのトックリヤシは初めて掴んだ時もなかなか立派だとは思った。だけど握っただけで、ズボンを押し上げているさまをまじまじと見つめたのは先日が初めてだ。あんな大木、入るのか。自分の体は大丈夫なのか。まるでネジ穴にサイズ違いのネジを突っ込むようなものだ。それでもなぜ過去の正秋に女達が大挙したのか、初めて理解できた気がした。


「そう。だからEDとかじゃない。断じて、ない」

千夏は咳払いして訂正すると、厳粛な調子で沙耶香を睨む。

「ならいいですけど。ねー、でも美穂さん、彼氏と旅行でエッチなしとか、やっぱありえなくないですか」

春菜は納得のいっていない顔をする。

「うん。普通はそうだね」

美穂もその点は春菜と意見が一致するらしい。

「なんなら旅程無視して、宿に篭りっきりとかね」

今度は沙耶香が当然だとばかりに指摘する。

「やだあ、もう。さやちゃんてばあ。正直」

美穂は春菜とともに爆笑し、沙耶香に拍手を送る。


「だって。正秋が私のこと大切にしたいって言うから」

千夏は一人で頬を膨らます。

「きゃー。やっぱ純愛ー。いいわー。私、係長、推せるー」

美穂は感極まって涙をティッシュで拭き始める。

「本当かな? 高校生じゃあるまいし。風俗とか行ってないか、調べた方がいいよ」

「え。そういうことあるの」

沙耶香の疑わしげな問いかけを前に、千夏の顔から笑みが消える。

「なくはないけど。ほら、昔から言うじゃん。尻軽女には手を出しても、本命にはなかなか手を出さない、って」

美穂がやけに年季のこもった言い方をするので、他の二人は神妙に頷く。

「それにさあ、あんた痩せちゃって、なんていうか。抱き心地、足んなそうだし。その大地とかいう女に負けてんじゃないの」

「抱き心地で言ったらさやちゃんの圧勝だねー」

「沙耶香さん、何カップなんですかー?」

美穂も春菜も沙耶香の全身をまじまじと見て言う。

「あははは。Gカップだよおー」

千夏以外の三人はハイタッチしながら笑い合う。さらに沙耶香は胸同様に自慢らしいふくよかな二の腕を美穂に触らせ、胸の方は春菜に触らせて喜んでいる。一方、千夏はどんどん笑顔が目減りしていく。抱き心地、だと。それをいうと自分より楓の方が遥かに抱き心地は良さそうだ。こっちがお椀なら、向こうはどんぶりだ。


「ねえ、ちなっちゃん。ちなっちゃんは係長のこと、愛してるんでしょ」

「…はい」

諭すような言い方をする美穂に、千夏は素直に頷く。

「正直に自分の気持ちを伝えることは大切。でもそれだけじゃなくて、忍耐強くあることも必要だよ。ああしてほしい、こうしてほしいって相手に要求ばっかり突きつけちゃ駄目」

「…はい」

千夏と一緒に、春菜や沙耶香まで神妙に頷いている。

「あるとき、自分のなかでもっと気持ちが育っていけば、自然とこうしてあげたい、幸せにしたいって思えるようになるよ。その点では、係長の方が気持ちが育ってるんだろうね」

それは、ある。正秋は滅多にああしてこうしてとは言わない。なんだか正秋が銀河ほどの大物で、自分は顕微鏡で見るしかないほどの小物に思えてくる。


「まあ、ちなっちゃんがどうしても早くエッチしたいなら、誘っちゃえばいいんだよ」

美穂は、今度は明るい笑顔に切り替え、楽しそうに笑う。

「えー。無理ですよ」

千夏は意気消沈してミミガーのサラダをつつく。正秋は焦らしたいと言っている。健全なことをたくさんしたいとも言っている。わずかな期間に、本人には忍耐力がついてしまったらしい。しかも、それを楽しんでいる気配すらある。

「なんで? 冬馬さんとはシたのに?」

春菜は不審そうに突っ込み、隣で沙耶香が焼きとんにかぶりつく。

「…まあ」


千夏は冬馬とのセックスに不満たらたらだった。あれはあやふやな愛でしかなかった。むしろ愛ですらなかった。だから、たとえアレが大き過ぎようとも、正秋とはまともに愛し合いたい。でも、正秋本人は望んでいない。とにかく千夏のことが大好きで大好きで、大切にしたいというのが言い分だ。急にほおが緩み、ニヤニヤしてしまう。こんなに愛されていいのか。幸せ過ぎないか。それに、焦らされた分、きっと正秋との初めては燃える。それはもう決定事項だ。


「ちなっちゃん。その気にさせるにはね、視覚的な刺激を与えるのが確実だよ」

美穂が千夏のニヤニヤ顔を見て突っ込み、自身もまた不敵に笑う。

「なんですかそれ」

「言葉になんかしなくったって、ドキッとさせればその気になるよ」

美穂の言い方は年季が入っていて、手練手管のそれだ。

「ドキッとさせるって?」

千夏は貴重な講義を受講するつもりで聞き返す。

「決まってるじゃん。勝負下着だよ」

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