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神様、拾いました。  作者: 久悟
第一部 覚醒と序章
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第5話:逆転の策


「ハアッ!」


 少女が放った炎の剣閃が夕空を切り裂き、迫りくる瓦礫の塊を爆砕する。

 だがその剣筋は、先ほどまでの冴えを失い始めていた。肩で大きく息をし、額からは玉の汗が流れ、その頬は血の気を失って青白い。

 荒神は、こちらの消耗を的確に見抜いていた。攻撃の手を一切緩めることなく、次々と瓦礫の弾を生成し放ってくる。それはまるで、終わりの見えない悪夢のような弾幕だった。


 ――このままじゃ、二人ともやられる!


 俺はからかさ様で、降り注ぐ瓦礫を防ぎながら、脳を沸騰させる勢いで思考を巡らせる。

 何か、何か手はないのか。あの赤い糸の怪物を止める方法。

 俺の貧弱な知識と、今日手に入れたばかりのよくわからない力。それらを必死に組み合わせるが、答えは見えない。

 焦りだけが、無慈悲に時間を食い潰していく。


「ぐっ……!」


 ついに、俺が全ての瓦礫を捌ききれず、そのうちの一片が彼女の肩を掠めた。緋色の衣が破れ、鮮血が滲む。

 彼女は痛みに顔を歪めながらも、倒れることなく、再び剣を構え直した。その姿は痛々しいほどに気高い。

 それを見た瞬間、俺の頭にカッと血が上った。


 ――俺のせいだ。俺が中途半端に首を突っ込んだから、彼女が……!


 無力感が、全身を苛む。

 何か武器になるものは? 石ころ? 折れた鉄パイプ? いや……そんなもので、あの怪物に傷一つつけられるはずがない。 

 思考が行き詰まり、絶望が心を支配しかけた、その時だった。

 

 巨大な瓦礫の塊を避けるため、俺は大きく横へ跳んだ。その足が何かを蹴飛ばす。

 カラン、と乾いた音を立てて転がったのは、バイクのバックミラーだった。


『……見たい。もう一度、景色を映したい』


 鏡……。

 同時に、亡き祖父の言葉が天啓のように脳裏に蘇る。


『いいか、宗佑。どんな物にもな、役割があるんだ。傘なら人を雨から守る。鏡なら、真実の姿を映す。その役割こそが、物の魂だ』


 鏡の役割は『真実の姿を映すこと』。

 そして、この怪物の正体は、縁結びの神様。赤い糸が示す通り、その役割は『結びつけること』。

 その二つの「役割」をぶつけたら、どうなる……?


 ――『断ち切る』んじゃない。『結ぶ』というルールそのものを、逆用するんだ。


 相手の土俵の上で、相手のルールを使って相手を倒す。それは、あまりにも突飛で、無謀な賭けだ。成功する保証なんてどこにもない。

 だが、この暗闇の中に差し込んだ、唯一の光の筋だった。

 これしかない!


「あの!」


 俺は、背後の少女に向かって叫んだ。


「俺に考えがあります! 俺が前に出ます! 援護をお願いします!」

「なっ……無茶です!」


 少女は一瞬ためらった。だが、俺の目の奥に宿った、狂気にも似た覚悟を読み取ったのだろう。彼女はふっと息を吐くと、覚悟を決めた顔で頷いた。


「わかりました、信じます!」


 その言葉が、俺の背中を押した。

 俺はバックミラーを拾い上げると、からかさ様を盾に、荒神へと向かって突進した。俺という新たな脅威を認識した荒神が、瓦礫弾の矛先を俺へと集中させた。


「させません!」


 少女が俺の左右を駆け抜け、炎の剣で弾幕に道をこじ開ける。

 彼女が、俺の進む道をその身を挺して切り開いてくれているのだ。その援護を信じ、俺はただ前へ前へと突き進む。

 ミラーを強く握りしめ、心の中で叫んだ。


 ――頼む! 力を貸してくれ! 君の役割を、今こそ果たしてくれ!


 その想いに応えるように、ミラーがかすかに震えた。

 荒神の懐に飛び込む、まさにその瞬間。少女が、最後の力を振り絞って叫んだ。


「今です!」


 彼女が放った炎の奔流が、荒神の動きを一瞬だけ怯ませる。

 俺は、その千載一遇の好機を見逃さなかった。

 荒神の顔の前に、バックミラーを突きつける。


「お前の役割は『結ぶ』ことなんだろ! だったら、自分自身と結ばれてみろ!」


 ひび割れた鏡面に、荒神のおぞましい姿が映し出される。

 その瞬間、荒神の動きがピタリと止まった。

 その歪んだ執着と渇望の矛先が、鏡に映った自分自身へと向かったのだ。


 荒神の体から、おびただしい数の赤い糸が、まるで意思を持った生き物のように、鏡の中の自分――つまり、本体である自分自身に向かって殺到する。


「ギ……ィ……ア……」


 荒神が、初めて苦悶の声を上げた。糸は、その体を雁字搦めに縛り上げていく。

 結ぶ力が自らを滅ぼす、究極の自己矛盾。

 やがて、身動き一つできなくなった怪物の姿は、静かに雨に打たれる巨大な赤い繭玉のようだった。

 勝利を確信した俺の全身から、どっと力が抜けていく。足がもつれ、俺はその場に崩れ落ちた。

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