第15話:関西神祇局の遣い
白い光が収まった。
俺の目の前に広がっていたのは、伏見稲荷大社の千本鳥居の参道だった。
歪んでいた空間は、完全に元に戻っている。そして俺のすぐ隣には、同じように呆然と立ち尽くす詩織の姿があった。
俺たちは、無事に元の世界に帰還したのだ。
「……宗佑!」
「詩織!」
俺たちは、互いの無事な姿を確認し、安堵の息を漏らした。
離れた世界で魂を繋ぎ、共に戦った。その不思議な感覚が、まだ体に残っている。俺たちの間の絆は、もう単なる「戦友」という言葉だけでは表せないものになっていた。
だが、俺たちが安堵に浸れたのは、ほんの束の間だった。
「――確保!」
鋭い号令と共に、俺と詩織はいつの間にか、十数名の神祇局員たちに完全に包囲されていた。
彼らは、俺たちがよく知る東京局の制服ではない。
関西神祇局の実働部隊。その先頭に立つ隊長の男が、厳しい目で俺たちを睨みつけていた。
「天野宗佑。神楽坂詩織。君たちには聞きたいことが山ほどある。我々と共に来てもらおうか」
有無を言わせぬ口調。
俺たちが、神域迷宮で戦っている間に、彼らは外で待ち構えていたのだ。
こうして俺たちは、半ば強制的に、嵐山にあるという関西局の臨時指揮所へと連行されることになった。
そこで俺は、伏見稲荷での一部始終を説明させられた。
「……にわかには、信じがたい話だ」
俺の話を聞き終えた隊長の男が、腕を組み唸った。
「君たち二人だけで、あの双子神を撃退した、と。……彼らはこの関西圏で、最も我々が警戒していた、国津神の手駒なのだぞ」
「信じるか、信じないかは、あんたの、勝手だ」
俺がそう言い返したその時だった。
指揮所の外が、にわかに騒がしくなった。見張りの局員が、慌てた様子で駆け込んでくる。
「たっ、隊長! それが……その……」
「何事だ、騒々しい!」
「く、鞍馬の、大天狗様が、こちらに……!」
「な、なんだと!?」
隊長の顔色が変わる。
その言葉と同時に、指揮所のテントの入り口が、まるで神の御業のように内側から爆ぜ飛んだ。
そして、そこに悠然と立っていたのは、漆黒の翼を持つ山の主、鞍馬の大天狗その人だった。
その圧倒的な存在感を前に、歴戦の関西局の隊員たちでさえ息を呑み、後ずさる。
大天狗は、彼らには目もくれず、その鋭い視線を俺ただ一人に注いだ。
「……ほう。お主が噂の小僧か」
彼は、俺を値踏みするように、じろじろと見つめる。そして、俺が胸元にかけているじいちゃんの形見のネックレスに気づいた。
大天狗はそれを見て初めて、その能面のような表情を変えた。
「……馬鹿な。それは……叢雲の勾玉ではないか」
「……え?」
「……ふむ。そうか。そうであったか」
彼は、何かを深く納得したように頷いた。
「道理で懐かしい匂いがするわけだ。お主、やはりあの男の血筋か」
叢雲。
勾玉。
俺の頭の中で、禁書庫で見た、あの古文書の記憶が蘇る。
三つに砕け散ったという神器、鎮魂の勾玉。
まさか、じいちゃんが遺したこのネックレスが。
「……面白い」
大天狗は、心の底から楽しそうに笑った。
「小僧。お主は我の客人だ。神祇庁の犬どもよ。この者たちに指一本触れてみよ。その時は、この鞍馬の山全ての怒りを買うと思え」
その言葉は、絶対的な王の宣言だった。
俺たちの運命は、またしても俺たちの予想を遥かに超えた方向へと転がり始めていた。




