第12話:風と音の狩人
頭が割れるように痛む。
ゆっくりと瞼を開けると、視界に飛び込んできたのは、どこまでも続く赤い鳥居の列だった。
じめりとした土の匂い。そして、完全な静寂。
俺はどうやら、気を失っていたらしい。
「……詩織!」
俺は、跳ねるように体を起こした。だが、周囲に彼女の姿はどこにもなかった。
ポケットの中を確認する。幸い、神座は無事だ。神域の中にいる仲間たちの気配も、ちゃんと感じられる。
だが。
『――我が主。外部との霊的通信が、完全に遮断されています』
「……どういうことだ?」
『この神域迷宮は、複数の異なる次元が複雑に折り重なって構成されています。おそらく、詩織殿は今、我々とは別の次元の迷宮に囚われているものと推測されます』
――最悪だ。
あの双子神は、俺と詩織の連携を警戒したのだ。そして、俺たちを別々の空間に隔離することで、戦力を半減させた。
いや、それ以上だ。
詩織というアタッカーを失った俺は、もはや守ることしかできない、ただの丸裸の王様も同然。
「――お目覚めかな? お兄ちゃん」
その声は、すぐ背後からした。
振り返ると、そこには双子の妹がにこにこと笑いながら立っていた。
いつの間に。気配さえ感じなかった。
「僕の相手は君か」
今度は、前方から兄の声。
俺は挟み撃ちにされていた。彼らは、この迷宮のどこにでも、瞬時に現れることができるらしい。
「さあ、鬼ごっこをしようか」
「一人でどこまで逃げられるかな?」
彼らの瞳にはもう、遊びの色はない。
確実に獲物を仕留めようとする、狩人の冷たい光だけが宿っていた。
俺は、神座からからかさ様を呼び出す。そして、ひたすらに走り出した。だが、それは絶望的な逃走劇の始まりだった。
「――そっちは、行き止まり」
角を曲がれば、兄が待ち構えている。
「――こっちだよ、お兄ちゃん」
別の道へ逃げれば、妹が先回りしている。
風を操る兄の圧倒的な機動力。
音の反響で全てを見通す、妹の完璧な索敵能力。
この閉ざされた空間で、彼らから逃れる術はなかった。
「――風よ、刃となりて舞え」
兄が手をかざす。
無数の風の刃が、四方八方から俺を襲う。
俺は、からかさ様を必死に振り回し、その猛攻を凌ぐ。
だが、その防御に集中していると。
「――音よ、楔となりて穿て」
妹の歌声が、不快な超音波となって、俺の三半規管を直接揺さぶってきた。
キィィィィン!
鼓膜の奥で甲高い音が鳴り響く。
激しい頭痛とめまい。立っていることさえままならない。
――くそ……! このままじゃ、やられる……!
攻撃と妨害。
その完璧な連携攻撃の前に、俺はただ防戦一方。じりじりと追い詰められていく。
「……どうしたの。もう終わり?」
「つまらないな。もっと楽しませてくれると思ったのに」
双子の嘲笑が聞こえる。
俺の体力も精神力も、限界に近づいていた。
その時。
胸元で、じいちゃんの形見のネックレスが、再び熱を帯びた。
そして、その温かい力が俺の魂に直接流れ込み、超音波による頭痛を和らげてくれる。
――じいちゃんが、守ってくれてるのか……?
いや、違う。
この石は、ただの形見じゃない。
俺はまだ、こいつの本当の使い方を知らないだけだ。
――俺が諦めてどうする。
俺は、ふらつく足で再び立ち上がった。
俺には派手な攻撃技も、圧倒的なパワーもない。
だが俺には、俺だけの戦い方がある。
俺は、神座に最後の望みを託した。
「神座……! この迷宮の、一番霊的な歪みが大きい場所はどこだ!?」
敵を倒すんじゃない。
この迷宮そのものを、内側から破壊する。
それしか、この絶望的な状況を覆す方法はない。
神座のディスプレイに、一瞬だけ光の道筋が表示された。
俺はその一点だけを目指して、最後の力を振り絞り駆け出した。




