表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
神様、拾いました。  作者: 久悟
第二部 陰謀と深淵
50/56

第10話:古都への旅立ち


 橘との屈辱的な契約から、数日が過ぎた。

 俺の日常は、まるで何事もなかったかのように進んでいく。

 学校では、友人たちと修学旅行の班分けや、お土産の話で盛り上がった。その、賑やかな教室の喧騒が、どこか遠い世界の出来事のように感じられた。

 俺の心は、重い鉛のように沈んだままだった。


 詩織とはあれ以来、学校で会っても当たり障りのない挨拶を交わすだけだ。

 俺は、彼女の真っ直ぐな目を見ることができなかった。彼女は、俺が橘と取引したことをまだ知らない。

 知ったら、彼女はどう思うだろうか。仲間を人質に取られ、敵の軍門に下った卑怯者だと軽蔑するだろうか。

 あるいは、守れなかった自分の無力さを、責めてしまうだろうか。

 どちらにしても、彼女をこれ以上巻き込むわけにはいかなかった。彼女の誇り高い魂を、俺の問題で汚すわけにはいかない。

 

     †

 

 そして、修学旅行の当日を迎えた。

 東京駅のプラットホームは、同じ制服を着た生徒たちの興奮と期待の熱気で、むせ返るようだった。

 

 新幹線は、滑るように京都へと向かう。

 一日目はクラスごとのバス行動で、金閣寺や清水寺を巡った。煌びやかな歴史的建造物も、友人たちの馬鹿話も、今の俺の心にはほとんど響かなかった。

 

 詩織とは、意識的に距離を取っていた。

 彼女もそれを察しているのか、友人たちと静かに談笑している。その横顔が、どこか寂しそうに見えたのは、きっと俺の気のせいだろう。


 

 そして二日目。

 この日は、班ごとの自由行動だった。

 俺たちの班は「とにかく、映える写真を撮りまくる」というテーマの下、最初の目的地として伏見稲荷大社を選んでいた。


 朱塗りの巨大な鳥居をくぐる。

 どこまでも続く、千本鳥居の赤いトンネル。木漏れ日が、幻想的な光と影の縞模様を、地面に描き出している。

 友人たちは、はしゃぎながらスマートフォンで写真を撮り始めた。

 俺は、その輪からそっと離れた。


「――悪い、ちょっとトイレ。先に行っててくれ」


 簡単な嘘をつき、俺は一人、千本鳥居の奥へと足を進めた。

 俺には、確かめなければならない事があった。

 詩織が警告してくれたこの場所。

 国津神の気配。

 そして、橘が俺をここに送り込んだ、本当の意味を。

 一人で全てを背負う。それが、俺が自分に課した罰だった。


 鳥居の列が、途切れ少し開けた場所に出る。

 そこは、観光客の喧騒も届かない、静かな空間だった。古びた祠の前に、一人の少女が立っているのが見えた。

 詩織だった。彼女もまた、班から離れ、単独で調査に来ていたらしい。

 俺たちの思考は、まるで合わせ鏡のように、同じ結論に辿り着いていたのだ。

 俺たちが顔を見合わせた、その瞬間。


「……宗佑」


 先に口を開いたのは詩織だった。

 その声は、少しだけ震えているように聞こえた。

 

「……なぜ、何も言わなかったの。橘局長とのこと」

「……!」

 

「あなたが一人で局長室へ向かったこと。そして、黒鉄君を人質に、あの人の『駒』になることを承諾させられたこと。……私にはお見通しよ」

 

 彼女は全てを知っていた。おそらく、局内の協力者から情報を得たのだろう。


「……悪かった」

 

 俺は、それしか言えなかった。

 

「お前を……巻き込みたくなかったんだ」

「馬鹿ね」


 彼女は、俺を真っ直ぐに見つめた。

 その瞳には、怒りでも軽蔑でもなく、深い悲しみの色が宿っていた。

 

「私はあなたの戦友じゃないの? 一人で全部背負い込むなんて許さない。……あなたの痛みは、私の痛みでもあるのよ」


 その、あまりにも真っ直ぐな言葉。

 俺の心の、一番弱い部分が震えた。

 俺が一人で背負おうとしていた、重い重い鎖。

 その半分を、彼女が黙って持ち上げてくれたような気がした。


「……詩織」

「もう二度と、私に隠し事はしないで。約束よ」

「……あぁ。約束する」


 俺たちは頷き合う。

 その瞬間、俺たちの間にあった、最後の壁が確かに取り払われた。

 俺たちはもう、ただの戦友ではない。

 互いの魂を預け合える、唯一無二のパートナーになったのだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ