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神様、拾いました。  作者: 久悟
第一部 覚醒と序章
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第4話:最弱で、最強の盾


「我が剣に宿れ、気高き山の姫……! 木花咲耶姫(コノハナサクヤヒメ)!」


 緋色の衣の少女が叫ぶと、その手に握られた長剣が、淡い桜色の光を放った。

 ぼう、と陽炎のような熱が立ち上り、周囲の重苦しい空気を震わせる。


 対する赤い糸の怪物は、無数の糸を鞭のようにしならせ、一斉に少女へと襲いかかった。

 速い。

 目で追うのがやっとの速度で迫る赤い凶器に対し、少女は冷静だった。


桜華一閃(おうかいっせん)!」


 桜色の炎を纏った剣が一閃する。

 美しい弧を描いた斬撃は、寸分の狂いもなく赤い糸の束を捉え、その数本を焼き切った。

 だが、すぐに後続の糸がその穴を埋める。キリがない。

 少女は何度か斬撃を繰り返すが、決定打には至らず、じりじりと後退させられていく。


「くっ……!」


 少女は大きく後ろへ跳躍し、距離を取ろうとする。

 その着地の瞬間を、怪物は見逃さなかった。

 今までで最大級の巨大な糸の塊が、巨大な拳となって少女の頭上から振り下ろされる。

 少女は覚悟を決め、剣を地面に突き立てた。


「咲き誇れ、天磐戸(あまのいわと)桜壁(おうへき)!」


 剣を中心に、桜の花びらが渦を巻いて舞い上がり、瞬時に巨大な光の壁を形成する。

 直後、赤い拳が光の壁に激突。

 バキィッ! と、ガラスが割れるような鋭い音が響き渡った。

 光の壁に大きな亀裂が走る。持ちこたえられない。


 絶体絶命。

 その瞬間――。


「――危ない!」


 気づけば、俺は叫びながら走り出していた。

 後先なんて考えていなかった。

 目の前で、人が、女の子が、死んでしまうかもしれない。

 その正義感が、俺の足を勝手に動かしていた。


 光の壁と少女の前に、滑り込むように割り込む。

 そして、ほとんど無意識のうちに、手に持っていた赤いおもちゃの和傘――からかさ様を、迫りくる赤い拳に向かって突き出していた。

 盾にする、なんて大それた考えじゃない。

 ただ守らなければと、その一心だった。


「馬鹿! 何をして……!」


 背後から少女の悲鳴が聞こえる。

 だが、もう遅い。

 視界が赤い糸で埋め尽くされる。死を、覚悟した。


 ――ゴォンッ!


 衝撃は来なかった。

 代わりに、まるで巨大な鐘を突いたかのような、重く、鈍い音が響き渡った。


「……え?」


 恐る恐る目を開けると、信じられない光景が広がっていた。

 あの、少女の光の壁すら砕こうとした怪物の必殺の一撃が、俺が突き出した、たった一本の子供用の唐傘によって、完璧に受け止められていた。


「……ありえない。私の桜壁に(ひび)を入れた一撃を、ただの傘が……?」


 背後から、少女の呆然とした声が聞こえる。

 俺は、彼女の言葉に振り返ることもできず、ただ目の前の現実に釘付けだった。

 からかさ様の表面に触れた赤い糸は、その先へ一ミリたりとも進むことができず、ただ空しく蠢いている。


「素性は問いません! ですが、感謝します!」


 すぐに我に返った少女が俺の横に並び、剣を構え直した。

 怪物は、俺の傘が厄介だと判断したのか、一旦距離を取る。

 少女は、その隙に俺に状況を説明した。


「以前、この近くに縁結びの神社がありました。恋が叶いますように、あの人と結ばれますように。そんな純粋な願いが、いつしか一方的な執着や、叶わぬ恋への怨嗟に変わっていった……そして神としての役目を終え、忘れ去られたことで、その溜まりに溜まった負の想念が暴走しました。あれは、荒神と化した哀れな神の成れの果て。あの赤い糸は、あらゆるものを『結びつけ』て動きを封じ、神気を喰らう厄介な代物です!」


 ――縁結び……?


 少女から与えられた情報が、俺の頭の中で反響する。

 その言葉を証明するように、怪物は新たな戦法を見せた。地面に散らばる瓦礫や、折れたガードレールを赤い糸で結びつけ、巨大な塊としてこちらに投げつけてくるのだ。


「防御は俺が! あなたは攻撃の機会を!」

 

 俺は叫び、からかさ様を構えて前に出る。少女は俺の背後に回り、炎の剣で迎撃する体勢を取った。

 瓦礫の塊が、次々とからかさ様に激突し、ゴォン、ゴォン、と重い音を立てる。

 その衝撃に耐えながら、俺は必死に頭を回転させた。


 ――縁結びの神様……。


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