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神様、拾いました。  作者: 久悟
第二部 陰謀と深淵
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第6話:龍神『淵凪』③

「……神楽坂君。君は、自分が何を言っているのか分かっているのかね」


 特務部隊の隊長、田所が、怒りを押し殺したような低い声で言った。

 彼の顔は、怒りと、それ以上に、エリートであるはずの詩織が、なぜ自分たちではなく未登録の神契者の側に立つのか、という純粋な戸惑いに満ちていた。


「神祇局の局員が、我々本庁直属の部隊に剣を向ける。それが何を意味するか、神楽坂家の人間ならば分かるだろう。君の家も、君自身のキャリアも、全てが終わるのだぞ」

「覚悟の上ですわ」


 詩織の答えは、あまりにも静かで、そして揺るぎなかった。

 彼女は、もう迷っていなかった。

 組織の命令や家のしがらみよりも、もっと大切なものを見つけたのだ。

 彼女の瞳は真っ直ぐに、俺と、俺の背後で静かに佇む龍神、淵凪に向けられていた。


「その龍神様は荒神などではない。そして、天野宗佑は危険因子ではない。彼らは、この国に仇なす存在ではないと、私はこの目で見て判断しました。私の信念に反してまで、あなたたちの非情なやり方に従うことはできません」


 その言葉は、特務部隊の隊員たちにも衝撃を与えたようだった。

 彼らの中にも、ただ命令に従うだけでなく、心のどこかで組織のやり方に疑問を抱いている者がいるのかもしれない。何人かの隊員の銃口が、わずかに下がったのを俺は見逃さなかった。


「……面白い」


 田所隊長は、やがて諦めたようにふっと息を漏らした。

 

「橘局長は、失敗作を育て上げたらしいな。……いいだろう。今日のところは引いてやる」


 彼は、部下たちに撤収の合図を送った。

 

「だが勘違いするなよ、神楽坂君。我々は、君に怯んだわけではない。これ以上、神祇庁の内部で無益な争いを起こすのは、得策ではないと判断しただけだ。その龍神と、天野宗佑の監視は続けさせてもらう。次に、我々の前に現れた時は容赦はしない」


 田所はそれだけを言い残すと、部隊を率いて嵐のように去っていった。

 彼らが完全にいなくなると、淵凪が起こしていた豪雨と嵐も、嘘のようにぴたりと止んだ。

 空には再び、静かな月が顔を覗かせている。


 後に残されたのは、俺と、詩織と、そして巨大な龍神だけだった。


「……助かったよ、詩織」

 

 俺は淵凪の背中から飛び降りると、彼女の元へと駆け寄った。

 

「礼を言うのはまだ早いわ」


 彼女は、ふいっと顔をそむける。

 

「私は、あなたを助けたわけじゃない。神祇庁の行き過ぎた行為を止めただけ。それに……」

 

 彼女は、少しだけ悔しそうな顔をした。

 

「今の私では、彼らと本気で戦っても勝てたかどうか……」


 彼女の言う通りかもしれない。

 だがそれでも、彼女は俺の側に立ってくれた。

 その事実が、何よりも嬉しかった。


『……なかなか、気骨のある巫女よな』


 淵凪が、感心したように言った。

 

『我が主よ。お主は良い友を持った。そして我もまた、良い主とその友に巡り会えたようだ』

 

 その声は、孤独から解放された心からの喜びに満ちていた。


 俺は、淵凪の巨大な体を見上げる。

 そして、隣に立つ詩織の横顔を見る。

 俺の新しい仲間。そして、かけがえのない戦友。

 俺は一人じゃない。


「さて、と。これから、どうするかな」

 

 俺が言うと、詩織が少しだけ意地悪そうに笑った。


「決まっているでしょう? まずは、このびしょ濡れの服をどうにかしないと。風邪でも引いたら戦うどころの話じゃないわ」

「……ごもっとも」


 俺たちは顔を見合わせて、思わず笑ってしまった。

 戦いの後の緊張が解けた穏やかな笑い声が、月明かりの公園に響き渡った。


 こうして、俺の仲間たちに、最強の龍神『淵凪』が加わった。

 そして、俺と詩織の絆は、単なる戦友から、組織の論理さえも超えて互いを信じ合う、より深い関係へと、一歩進んだのだった。

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