第4話:龍神『淵凪』
「――あんたは、この国の全ての水脈を守り、天の恵みである雨を司る、気高き龍だ!」
俺は、心の中で力強く宣言した。
それは、彼がかつて持っていた役割よりも、もっと大きく、もっと自由な新しい役割。
そして俺は、その役割にふさわしい、新しい名前を彼に与える。
「お前の名前は『淵凪』だ!」
俺が、その真名を叫んだ瞬間。
池の底の巨大な岩が、眩いほどの蒼い光を放った。
光は、濁っていた池の水を浄化し、周囲をまるで真昼のように明るく照らし出す。
そして岩は、その形をゆっくりと変えていった。
それは、巨大な東洋の龍の姿だった。
長く、しなやかな体。水晶のように輝く、青い鱗。そして、深い知性を湛えた二つの瞳。
力を失い、ただの岩と化していた龍神が、俺との契約によって、その本来の気高い姿を取り戻したのだ。
『……我の、名……。淵凪……』
龍神――淵凪は、その美しい瞳で、俺をじっと見つめている。
その瞳にはもう、拒絶も怒りもなかった。
ただ、深い、深い安堵と、仲間との出会いを喜ぶような、穏やかな光が宿っていた。
俺は、水中で息が続かなくなってきているのを感じた。意識が遠のいていく。やばい、このままじゃ……。
その時。
淵凪の巨大な体が、優しく俺の体を包み込んだ。そして、凄まじい速度で水面へと急上昇していく。
「――ぷはぁっ!」
俺は水面に顔を出すと、むせるように新鮮な空気を吸い込んだ。
見上げると、空はもう、夕焼け色から深い藍色へと変わっていた。
池の水面に、俺を乗せた巨大な龍の姿が、月明かりに照らされて幻想的に浮かび上がっている。
あまりの光景に、俺は言葉を失った。
『――感謝する、我が主よ。お主のおかげで、我は永き眠りから目を覚ますことができた』
淵凪の声が、今度は穏やかな響きで、俺の脳内に直接語りかけてくる。
「……礼を言うのは、こっちの方だよ。信じてくれて、ありがとう」
俺たちが言葉を交わしていると。
突然池の周囲が、サーチライトのような強い光で一斉に照らし出された。
「対象を発見! 荒神化寸前の、高レベル龍神を確認!」
「周囲を完全に包囲! これより、捕獲・封印作戦を開始する!」
拡声器を通した、冷たい声。
光の中から現れたのは、神祇庁のマークが入った、黒い戦闘服に身を包んだ何十人もの男たちだった。
その装備は、詩織たちが使っていたものよりも、さらに重厚で攻撃的だ。
彼らの放つ気配には、詩織のような神への敬意は微塵も感じられない。
ただ対象を「危険物」として処理する、機械のような冷徹さだけがあった。
「――神祇庁の、別働隊……?」
橘の東京神祇局とは違う、別の派閥。
より過激で、実力行使を厭わない連中だ。
彼らは、淵凪の強大な神気に気づき、その力を危険と判断して捕獲に来たのだ。
『……フン。我を目覚めさせたかと思えば、今度はつまらぬハエどもか』
淵凪は、不快そうに唸り声を上げる。
俺は彼の背中の上に立ち、神祇庁の部隊を睨みつけた。
「こいつは俺の仲間だ。誰にも、指一本触れさせるかよ」
俺の、新しい仲間を守るための戦いが、今始まろうとしていた。




