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神様、拾いました。  作者: 久悟
第二部 陰謀と深淵
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第1話:戦いの後、それぞれの思い

 第一章:束の間の日常と新たな仲間


 八月も半ばを過ぎたが、地下施設の病室ではその日差しも暑さも感じられない。

 高尾山での激戦から三日が過ぎていた。

 俺、東京神祇局の最奥にある医療施設のベッドの上で、ぼんやりと天井を眺めていた。右肩の傷は、神祇局の誇る治癒術師とやらのおかげでもう痛みはない。だが、体のだるさはまるで鉛の塊が全身にまとわりついているかのようだった。


 ――あれが、力の代償か。


 八咫の「役割」を強制的に引き剥がした、あの時の感覚。

 俺自身の魂がごっそりと削り取られていくような、強烈な虚脱感。

 「名付けの祖」の力は、奇跡を起こす代償に俺の命そのものを喰らうのかもしれない。


 コンコンと控えめなノックの音がして、ドアが開く。

 入ってきたのは、同じ患者衣を着た詩織だった。


「……体は、もういいの?」

「ああ、まあな。そっちこそ」

「私も、問題ないわ」


 俺たちは、ぎこちなく言葉を交わし、そして、すぐに沈黙した。

 この静かな空間では、あの戦場での息の合った連携が嘘のようだ。だが、その沈黙はもう、以前のようなただ気まずいだけのものじゃない。互いの存在を確かめ合うような、穏やかな時間が流れていた。


「……黒鉄ハヤトのこと、聞いたわ」

 

 沈黙を破ったのは詩織だった。

 

「治療は終わったそうよ。でも今は、局の最深部にある独房に一人で……。橘局長の特命らしいわ」

「……そうか」


 また、あいつは独りぼっちになってしまったのか。

 俺が、あいつの運命をめちゃくちゃにしてしまった。

 その罪悪感がずしりと胸にのしかかる。


「……あなた、また一人で背負い込んでいるでしょう」

 

 詩織が、どこか呆れたような、でも、優しい声で言った。

 

「あなたは時々危なっかしいわ。まるで、何かを償うかのように戦っているように見える。あなたをそうさせるものは何なの?」


 その、あまりにも真っ直ぐな瞳。

 俺はもう、彼女から目を逸らすことはできなかった。

 この戦友になら、話してもいいのかもしれない。いや、話すべきなんだ。俺が、これから彼女の隣で戦い続けるためには。


「……一年前に、じいちゃんが死んでな」

 

 俺は、ぽつり、ぽつりと、今まで誰にも話したことのない、心の奥底の後悔を語り始めた。

 

「……強盗だったんだ。俺が学校から帰るのが、あと少しでも早ければ。俺にもっと力があれば……じいちゃんを守れたのかもしれないって、今でも思うんだ」


 詩織は何も言わなかった。

 ただ静かに、俺の言葉を聞いてくれていた。

 その優しい沈黙が、俺の固く閉ざしていた心を少しずつ溶かしていく。


「じいちゃんのあの蔵。事件の後、警察の封鎖が解けてからも、怖くて一度も開けていない。あそこには、じいちゃんが命をかけて守ろうとした、たくさんの『仲間』たちが眠っているはずなんだ。今の俺に、あいつらの声を聞く資格なんてあるんだろうかって……」


 そこまで言って俺は、自分が初めて、本当の意味で弱音を吐いていることに気づいた。

 詩織は、静かに立ち上がると、俺のベッドの横に来て、そっと俺の手を握った。


「……あなたのせいじゃないわ」

「……!」

「黒鉄君のことも、お爺様のことも。あなたが一人で全部背負う必要なんてない。……だって」

 

 彼女は、一呼吸置いて言った。

 

「……もう、あなたは、一人じゃないんだから」


 その言葉と、握られた手の温かさ。

 それだけで、俺の心にあった重い鎖が、少しだけ軽くなったような気がした。


「……ありがとう、詩織」

「……別に。私は、事実を言っただけよ」


 彼女は、ふいっと顔をそむける。

 その耳が少しだけ赤くなっていた。


「……橘局長は、信用できない」

 

 彼女は、ぽつりと呟いた。

 

「高尾山の一件、局長は明らかに何かを意図して、被害が拡大するのを静観していたフシがある。それに、あなたのことも……『名付けの祖』のことも、何かを知っていてあなたを利用しようとしている」

「……だろうな」

「だから、決めたの」


 彼女は俺の方を向き直ると、はっきりと宣言した。

 

「私は神祇局の人間として、組織の闇を調べる。そしてあなたとは、これからも『戦友』として、利害が一致する限り協力し合う。……それでいいかしら?」


 それは、彼女なりの最大限の宣戦布告であり、そして、俺に対する最大限の信頼の言葉だった。

 俺は、思わず笑みがこぼれた。


「上等だ。よろしく頼むよ、相棒」


 俺がそう言うと、彼女は一瞬だけきょとんとした顔をして、そして、今まで見せたことのないような、柔らかな笑みを、ほんの少しだけ見せた。


 不意に、グゥと俺のお腹が鳴った。

 

「……お腹、すかない?」

 

 その、あまりにも場違いな言葉に、詩織は思わず、ふふっと笑みをこぼした。


「ええ。ここの病院食、あまり美味しくないのよ。退院したら、何か美味しいものでも食べに行きましょうか」

「……おう」


 それは、次の戦いに向かう、戦友同士の約束。

 そして、ただの高校二年生の、男女の、ささやかな約束。


 俺たちの、奇妙で、騒がしくて、そして、かけがえのない日常は、これからも続いていく。

 

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