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神様、拾いました。  作者: 久悟
第一部 覚醒と序章
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幕間 月下の影、神の裔


 月が、忌々しいほどに、冴え冴えと夜空にかかっている。

 古びた社の縁側に腰を下ろし、私は己の掌を見つめていた。

 魂の根幹である「役割」を、一時的とはいえ、強制的に引き剥がされた後遺症。未だに、指先が微かに震えている。


 私の名は、八咫。

 偉大なる国津神の主、大国主命様の復活を悲願とし、その先駆けを務める者。

 その私が、天津神の犬でもない、たった一人の人間の子供に不覚を取った。


「八咫様。お体の具合は、いかがですか」


 傍らに控えていた、腹心の巫女、真名鶴(まなづる)が、気遣わしげに声をかけてくる。

 彼女が差し出した霊水で喉を潤し、私はゆっくりと首を横に振った。


「……問題ない。それよりも、だ。あの小僧……天野宗佑。奴の報告を」

「はっ。神祇庁管轄の医療施設に搬送され、意識不明とのこと。ですが、命に別状はない模様です」

「……そうか」


 脳裏に、あの光景が焼き付いて離れない。

 金色の瞳。

 神の魂に直接干渉する、あの理不尽なまでの力。

 間違いない。あれこそが、千年の昔、我ら国津の神々を苦しめ、その歴史を封印した「名付けの祖」の力そのものだ。


「黒鉄ハヤトは、どうなった」

「同じく、神祇庁に身柄を拘束されたものと。駒としては、もう使い物にはなりますまい」

 

 真名鶴が、悔しそうに言う。

 だが私は、扇子で口元を隠し、ふふ、と笑みを漏らした。


「いや、真名鶴。むしろ、好都合だ。壊れた駒の代わりに、最高の『鍵』が、向こうから姿を現してくれたのだから」

 

「……と、申しますと?」

「あの力は、神の魂を縛ることも、そして、解き放つこともできる、諸刃の剣。もし、天野宗佑をこちら側に取り込むことができれば……我らが主、大国主命様の完全なる復活も夢ではない」


 そうだ。

 我々の真の目的は、大国主命様の負の側面だけを荒神として復活させることではない。

 その、あまりにも強大すぎるがゆえに、自ら封印されている本来の御力。その封印を解き、この地に、真の神々の王を再び降臨させること。

 そのためには「名付けの祖」の力が必要不可欠なのだ。


「しかし、八咫様。あの少年が、我らに従うとは、到底思えませぬが」

「うむ。だから、やり方を変える」


 私は、月の光を浴びながら、楽しそうに言った。

 

「力でねじ伏せようとしても、彼の心は折れん。ならば、彼の、最も弱い部分を突くまでだ」

「弱い、部分……?」


「彼の、青臭いまでの『優しさ』と『責任感』。そして、彼が守ろうとしている、矮小な神々との『絆』」


 あの少年は、必ず、また黒鉄ハヤトに関わろうとするだろう。

 そして、自分の力のせいで誰かを傷つけ、運命を狂わせてしまったことに、深く悩むはず。

 その心の隙間に、我らが優しく寄り添ってやればいい。

 天津神でも、神祇庁でもない、我ら国津神こそが、彼の、そして、忘れられた神々の、真の理解者なのだと、教えてやればいいのだ。


「真名鶴。傷は癒えた。次の舞台の準備を始めるぞ」

「はっ。御意のままに」


 私は、夜空に浮かぶ不吉なほどに美しい月を見上げた。

 

 天野宗佑。

 お前を、我らの新しい「王」として迎え入れてやろう。

 お前が、それを望むと、望まざるとに関わらずにな。


 私の唇からこぼれた笑い声が、闇夜に静かに溶けていった。

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