幕間 観測者は駒を動かす
東京神祇局、局長室。
私は、巨大なモニターに映し出された、高尾山の戦闘記録データを眺めている。
無数の青い線――霊脈の中心で、一度は赤く染まった危険領域が、今はかろうじてその色を保っている。
現場に突入させた部隊からの報告が、淡々と画面の隅に表示されていく。
『――黒鉄ハヤト、身柄を拘束。現在、医療班にて治療中。精神状態は、依然として不安定』
『――神楽坂詩織、重度の神気消耗。同じく、医療班にて治療中。命に別状なし』
『――天野宗佑、右肩に原因不明の霊的損傷。意識不明の重体』
『――国津神勢力の幹部二名は、逃亡。行方不明』
「……フン。まあ、上出来と言ったところか」
私は、高級な革張りの椅子に深く身を沈め、指先でコンソールをなぞる。
モニターに、戦闘のクライマックスシーンの映像が、スローモーションで再生された。
詩織に忍ばせておいた、超小型ドローンカメラの映像と音声だ。
金色の瞳を輝かせ、八咫と呼ばれた男の「役割」を、強制的に終了させる天野宗佑の姿。
「『役割の、強制終了』……か。命名権能の、応用……いや、暴走に近いな」
それは、単に神と契約する力ではない。
神の魂、そのものの在り方に直接干渉する、あまりにも危険で、そしてあまりにも魅力的な力。
私の予想を、遥かに超える結果だ。
あの少年は、私の盤上で、ただ踊るだけの駒ではなかった。自らの意志で、盤上のルールそのものを書き換えようとしている。
ピッ、と内線端末をオンにする。
「黒鉄ハヤトの処遇だが」
『はっ。尋問班の準備が整い次第……』
「いや、いい。尋問は不要だ。治療が終わり次第、最深部の独房へ移せ。誰にも接触させるな」
『しかし、それでは国津神勢力に関する情報が……!』
「奴は、もはや駒としての価値はない。だが、別の使い道がある。……天野宗佑を、揺さぶるためのな」
私は、有無を言わさず通信を切った。
今回の件で、大きな収穫があった。
天野宗佑の弱点。それは、彼の青臭いまでの「優しさ」と「責任感」だ。
敵であったはずの黒鉄を、彼は見捨てられない。必ず、また関わろうとするだろう。
その時こそ、彼を、神祇局の、いや、私の手駒として、完全にコントロールする絶好の機会となる。
出雲の連中も、これで懲りることはないだろう。
むしろ、最大の障害である「名付けの祖」の裔の存在を確信し、より本格的に、彼を排除、あるいは取り込もうと動いてくるはずだ。
「せいぜい足掻いてみせろ、坊主」
私は、上質な葉巻に火をつけた。
紫煙の向こうで、モニターの中の、意識を失った少年の顔が映し出されている。
その脆さと、内に秘めた規格外の力が、奇妙なアンバランスさを醸し出していた。
面白い。
実に、面白い。
この退屈な世界を、この少年がどこまでかき乱してくれるのか。
私は、物語の続きが楽しみでならない、観客の一人なのだ。
そして、必要とあらば、いつでも舞台に介入できる、脚本家でもあるのだから。




