第30話:三つ巴の決戦と、苦い勝利
「……面白い。ならば、その数えきれない仲間とやらごと、消し炭にしてあげますわ」
巫女が扇子を広げると、その周囲に、黒い蝶の形をした式神が無数に舞い始めた。
一つ一つが、鋭い刃物のような神気を放っている。
同時に、八咫が構える弓から、紫色のオーラが立ち上り、空間そのものを歪ませていた。
二人が放つ圧力だけで、空気が鉛のように重くなる。
「……すまない」
隣で、黒鉄がぽつりと呟いた。
「俺のせいで、お前たちを、巻き込んだ」
「今更、謝ってんじゃねえよ」
俺は、彼の背中を軽く叩いた。
「借りは、生きて返すんだろ? だったら、まずは、目の前のあれをどうにかするぞ」
「……ああ」
黒鉄は、短く頷くと、弱体化した『国崩』を、それでも強く握りしめた。
彼の瞳には、もう迷いはない。
「詩織!」
「わかってるわ!」
俺の呼びかけに、詩織も頷く。
俺たち三人の間に、奇妙な共闘関係が成立した。
「行きますわよ」
巫女の号令と共に、無数の黒い蝶が、一斉に俺たちへと襲いかかってきた。
それは、まるで黒い津波のようだ。
「俺が引き付ける!」
黒鉄が、一番に飛び出した。
彼は、国崩を振り回し、黒い蝶の群れに突っ込んでいく。
力が弱まったとはいえ、魔刀の斬撃は、式神たちを次々と切り裂いていく。
だが、数が多すぎる。彼の体は、瞬く間に無数の蝶に覆われ、その刃で切り刻まれていった。
「黒鉄!」
「構うな、行け!」
彼が、命がけで、道を作ってくれた。
俺と詩織は、その道を駆け抜ける。
狙うは、後方で弓を構えている、八咫ただ一人。
彼さえ倒せば、この状況を打開できる。
「させませんわ」
巫女が、俺たちの前に立ちはだかる。
彼女は、扇子を一振りするだけで、俺たちを吹き飛ばすほどの、強力な風の術を操った。
「あんたの相手は、こっちだ!」
詩織が、風の壁に炎の剣で斬りかかる。
炎と風がぶつかり合い、激しい爆発が起きた。
詩織が、巫女を足止めしてくれている。
俺に残された道は、一つ。
――八咫を、止める。
俺は一人、八咫に向かって突き進む。
八咫は、そんな俺を、無表情な能面で見下ろしながら、静かに矢を放った。
それは、空間を歪ませ、絶対に回避できない、必殺の一矢。
――だが、俺は、一人じゃない!
「からかさ様! 万象工房! 天網! 物語!」
俺は、全ての仲間の名を呼んだ。
神座から、全ての仲間たちが、光となって飛び出してくる。
からかさ様が、俺の前に立ち、その盾で矢の威力を受け止める。
万象工房たちが、その盾を外側から補強し、支える。
天網が、赤い光で、矢の軌道をほんのわずかに逸らす。
物語が、俺の周囲に、何重もの幻影を作り出し狙いを眩ませる。
ガァンッ!
矢は、俺の幻影を貫き、仲間たちが作り出した盾を砕き、それでも勢いを失わずに、俺の肩を、深く抉った。
「ぐっ……あああっ!」
激痛が、全身を駆け巡る。
だが、致命傷は、避けた。
仲間たちが、その身を挺して、俺を守ってくれたのだ。
「……馬鹿な。あの一撃を、受け止めるだと……?」
八咫の能面に、初めて、動揺の色が浮かんだ。
その、一瞬の隙。
俺は、痛みをこらえ、最後の力を振り絞って、彼に手を伸ばした。
俺がやろうとしたのは、攻撃ではない。
俺の本当の力。「名付けの祖」の、本当の使い方。
俺の金色の瞳が、八咫の魂のさらに奥底にあるものを捉えた。
彼もまた、国津神の末裔。
その魂には、千年に渡る悲しみが、怨念が、渦巻いている。
俺は、その全ての感情に語りかけた。
「――お前の役目は、もう、終わりだ」
それは、命名ではない。
役割の、強制終了。
彼の魂を縛り付けていた「復讐者」という役割を、俺は無理やり引き剥がした。
「な……が……あ……」
八咫の体から、力が抜けていく。
彼の体から、黒いオーラが霧散し、彼は能面をつけたまま、その場に崩れ落ちた。
「八咫様!?」
詩織と戦っていた巫女が、驚愕の声を上げる。
彼女は一瞬の逡巡の後、撤退を選んだ。
崩れ落ちた八咫を抱えると、黒い影の中に、その姿を消していった。
「……待て……」
俺は、手を伸ばすが、もう追う力は残っていなかった。
戦いは、終わった。
霊脈の暴走は、黒鉄が儀式を中断したことで、かろうじて食い止められた。
後に残されたのは、傷つき、倒れる俺と、詩織と、黒鉄。
そして、山頂に漂う静寂だけ。
――勝った、のか?
いや、違う。
国津神勢力の目的は、阻止できていない。彼らは、また現れるだろう。
俺は、自分の力の本当の恐ろしさと、その代償の大きさを初めて知った。
そして、黒鉄ハヤトという、一人の男の運命を、大きく変えてしまった。
遠くで、神祇局の部隊が、駆けつけてくるサイレンの音が聞こえる。
俺の意識は、そこで途切れた。
第一部 完
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