第27話:黒鉄の過去
「ハアアアアッ!」
詩織が、先陣を切って黒鉄へと突っ込む。
炎の剣が、鋭い軌道を描いて、魔刀『国崩』と激しく打ち合わされた。
ガァンッ!
以前とは比較にならない、重く、濁った金属音が、山頂の空気を震わせる。
衝撃だけで、周囲の地面がひび割れ、砂塵が舞い上がった。
「くっ……!」
詩織の顔が、苦痛に歪む。
魔刀『国崩』から伝わる圧力は、鬼丸国綱の時とはまるで次元が違った。
国津神たちの、千年に渡る怨嗟と憎悪。その重みが、純粋な物理的破壊力となって、詩織の剣を押し返していく。
「無駄だと言ったはずだ」
黒鉄が、感情のない声で呟く。
彼は、力任せに詩織を弾き飛ばすと、その切っ先を俺へと向けた。
「次はお前だ、天野宗佑。お前のような、偽善者が、俺は一番嫌いなんだよ」
漆黒の刀身が、薙ぎ払われる。
それは、空間そのものを断ち切るかのような、絶望的な一撃。
俺は、咄嗟にからかさ様を盾として構える。
――ドゴオオオォォン!
凄まじい衝撃。
『絶対守護』を誇るからかさ様が、初めて明確な悲鳴を上げた。傘の表面に、蜘蛛の巣のような、霊的なヒビが入るのが見えた。
俺の体は、木の葉のように吹き飛ばされ、薬王院の建物の壁に叩きつけられた。
「がはっ……!」
肺から、空気が無理やり押し出される。
全身が、砕け散ったかのように痛む。
強すぎる。
今の黒鉄は、俺と詩織、二人がかりでも全く歯が立たない。
「終わりか? 名付けの祖の末裔とやらも、所詮はその程度か」
黒鉄がゆっくりと、倒れる俺に近づいてくる。
その目は、死んだ魚のように、何も映してはいなかった。
彼はもう、自分の意志で戦っているのではない。魔刀『国崩』に宿る、国津神の怨念にその魂を喰われ、ただの人形と化しているのだ。
――こいつを、救わなきゃ。
朦朧とする意識の中、俺は強く思った。
こいつは、ただの敵じゃない。
歪んでしまったけれど、その根っこにあるのは、何かを守れなかった、深い、深い悲しみだ。
俺は、その悲しみの正体を知らなければならない。
俺は、最後の力を振り絞り、黒鉄に向かって、手を伸ばした。俺の手が、彼の黒いコートの裾にかろうじて触れる。
その瞬間。
俺の脳内に、彼の記憶が、濁流のように流れ込んできた。
†
――そこは、緑豊かな、山間の小さな村だった。幼い日の、黒鉄ハヤトの姿が見える。
彼は、村外れの大きなクスノキの下に祀られた、小さな祠に毎日通っていた。その祠には、村人たちが「山ん神様」と呼ぶ、優しい土地神が宿っていた。
ハヤトは、生まれつき霊感が強く、その神様の声を聞くことができた。山ん神様は、彼にとって唯一の友達であり、家族のような存在だった。
『ハヤトよ。お前は、優しい子じゃな』
「うん。おれ、大きくなったら、山ん神様みたいに、この村を、みんなを守れるくらい強くなるんだ!」
『フフ。楽しみにしておるぞ』
そんな、穏やかな日々。
だが、その日常は、ある日突然壊された。一体の強力な荒神が、村に現れたのだ。
それは別の場所で発生し、神祇庁の討伐から逃げ延びてきた、天津神系の荒神だった。
神祇庁は、その荒神の追跡を、途中で放棄していた。「被害が少ない」という、非情な判断の下に。
山ん神様は、村を守るために、たった一人でその荒神に立ち向かった。
だが、元々戦いを得意としない、穏やかな国津神の末裔だった彼に勝ち目はなかった。
幼いハヤトの目の前で、山ん神様はその魂ごと、無残に喰われてしまった。
ハヤトの助けを求める声は、誰にも届かなかった。
――力が、欲しかった。
――山ん神様を、村を、守れるだけの力が。
――神祇庁も、天津神も、何もかも信じられない。
――力だけが全てだ。力さえあればもう、何も失わずに済む。
彼の心の奥底に渦巻く、深い絶望と、力への渇望。
国津神勢力は、そのあまりにも純粋な願いに、つけ込んだのだ。
†
「……そうか……。あんたは……」
黒鉄の過去を知った俺の目から、一筋の涙がこぼれた。
彼の痛み、彼の悲しみが、まるで自分のことのように胸に突き刺さる。
俺は、黒鉄ハヤトと、同じだ。大事なものを守りたい。ただ、それだけなのだ。
俺は、ふらつきながらも立ち上がった。
俺が戦うべき相手は、黒鉄ハヤトじゃない。彼を、こんな風にしてしまった、この世界の「歪み」そのものだ。
そして、彼の魂を今もなお縛り付けている、あの魔刀『国崩』だ。
「……まだ、やる気か」
黒鉄が、不思議そうに俺を見る。
「ああ。やるさ」
俺は、ポケットから神座を取り出した。
そして、全ての仲間に語りかける。
「みんな、力を貸してくれ。黒鉄を、あいつを縛る悲しい呪いから救い出す」
俺の瞳が、今までとは違う、強い金色の光を放ち始めた。
それは、「名付けの祖」の力が、覚醒を始める、兆しだった。




