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神様、拾いました。  作者: 久悟
第一部 覚醒と序章
33/56

第26話:魔刀『国崩』


 どれほどの時間、山を駆け上がっただろうか。

 無数の荒神たちの妨害を、俺と詩織は互いの長所を活かして切り抜けてきた。

 詩織が、強力な個体を一点突破で無力化する。

 俺が数の多い敵を、仲間たちの連携でいなし、撹乱する。

 それは、即席のコンビとは思えないほど、息の合った連携だった。

 俺たちは、言葉を交わさずとも、互いが何をすべきか、何を求めているかを自然と理解できるようになっていた。


 やがて、視界が開ける。

 木々が途切れ、石畳の参道と、荘厳な寺院の建築物が見えてきた。

 

 高尾山 薬王院。

 山頂に鎮座する、天狗信仰の中心地。

 だが、今のその場所は、本来の神聖な雰囲気など、微塵も感じられなかった。


 空気が違う。

 麓や山腹とは比べ物にならないほど、濃密で、禍々しい神気が、まるで嵐のように渦巻いている。

 霊脈のエネルギーが、無理やり一つの場所に集められ、暴発寸前まで高められているのだ。

 立っているだけで、肌がピリピリと痛む。


「……いるわね」

 

 詩織が、低い声で呟いた。

 その視線の先。

 薬王院の本堂の前、その広場の中心に一人の青年が立っていた。黒いコートを翻し、月明かりを浴びて、静かにこちらを見つめている。

 黒鉄(くろがね) ハヤト。


 だがその姿は、俺たちが以前戦った時とは、明らかに異なっていた。

 彼の全身から立ち上る神気の量は、比較にならないほど増大している。

 そして、何よりも違うのは、彼がその手に持つ、一振りの太刀だった。


 それは、俺たちが神祇局に回収を任せた、鬼丸国綱ではなかった。

 似ているが、全くの別物。

 刀身は光を一切反射しない、まるで夜の闇をそのまま固めたかのような、漆黒。

 その刀からは、声が聞こえた。

 一つの声ではない。何百、何千という、神々の怨嗟と絶望が、一つの魂となって泣き叫んでいるように。


「……あれは、一体……」

 

 詩織が、戦慄に声を震わせる。

 俺の脳内に、神座からの警告が最大レベルで響き渡った。


『――危険。危険です、我が主。あの刀は、もはや単なる付喪神ではありません。国津神の怨念そのものを束ねて鍛え上げられた、対神霊用の呪具。その名は、魔刀 『国崩(くにくずし)』。天津神の築いたこの国の秩序そのものを、崩壊させるためだけに存在する、呪いの塊です』


 国崩。

 その名を聞いただけで、背筋が凍るようだった。

 神座の解釈では、鬼丸国綱は『国崩』の、仮の姿に過ぎなかった。黒鉄はあの後、国津神勢力と接触し、この真の魔刀を手にしていたのだ。


「……来たか」

 

 黒鉄が、静かに口を開いた。

 その声には、以前のような荒々しい怒りはない。

 ただ、全てを諦めたような、冷たい虚無感だけが漂っていた。


「お前たちが来ることは分かっていた。だが、もう遅い。儀式は、最終段階だ」


 彼がそう言うと、足元の地面に刻まれた、巨大な魔法陣のような文様が、血のような赤い光を放ち始めた。

 山の霊脈から吸い上げた膨大なエネルギーが、全て、彼が持つ魔刀『国崩』へと注ぎ込まれていく。


「やめろ、黒鉄! そんなことをすれば、お前自身の魂も、その魔刀に喰われるぞ!」

「それが、どうした」


 黒鉄は、虚ろな目で俺を見た。

 

「俺の魂なんぞ、とうの昔に壊れてる。……俺は、ただ、全てを終わらせたいだけだ。神も、人も、神祇庁も、このくだらない世界も、全部。あの御方は、そのための力を俺に与えてくれた」


 彼の目的は、もはや神狩りではない。

 この山そのものを、霊的な「爆弾」として起爆させ、東京に、取り返しのつかない大破壊をもたらすこと。

 あまりにも身勝手で、そして、あまりにも悲しい自爆テロ。


「……もう、問答は不要のようね」

 

 詩織が剣を構える。

 その切っ先は、黒鉄へと真っ直ぐに向けられていた。


「宗佑。私たちはここで、彼を止める」

「……あぁ。わかってる」


 俺も、からかさ様を強く握りしめた。

 説得は、もう通じない。

 彼を止めるには、彼が執着する、その力の根源――魔刀『国崩』を打ち砕くしかない。


「行くぞ、詩織!」

「えぇ、宗佑!」


 俺と詩織は、同時に地を蹴った。

 神々の怨嗟が渦巻く、決戦の舞台。

 新たな力を手に入れた黒鉄との、最後の戦いが、今始まる。

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