第26話:魔刀『国崩』
どれほどの時間、山を駆け上がっただろうか。
無数の荒神たちの妨害を、俺と詩織は互いの長所を活かして切り抜けてきた。
詩織が、強力な個体を一点突破で無力化する。
俺が数の多い敵を、仲間たちの連携でいなし、撹乱する。
それは、即席のコンビとは思えないほど、息の合った連携だった。
俺たちは、言葉を交わさずとも、互いが何をすべきか、何を求めているかを自然と理解できるようになっていた。
やがて、視界が開ける。
木々が途切れ、石畳の参道と、荘厳な寺院の建築物が見えてきた。
高尾山 薬王院。
山頂に鎮座する、天狗信仰の中心地。
だが、今のその場所は、本来の神聖な雰囲気など、微塵も感じられなかった。
空気が違う。
麓や山腹とは比べ物にならないほど、濃密で、禍々しい神気が、まるで嵐のように渦巻いている。
霊脈のエネルギーが、無理やり一つの場所に集められ、暴発寸前まで高められているのだ。
立っているだけで、肌がピリピリと痛む。
「……いるわね」
詩織が、低い声で呟いた。
その視線の先。
薬王院の本堂の前、その広場の中心に一人の青年が立っていた。黒いコートを翻し、月明かりを浴びて、静かにこちらを見つめている。
黒鉄 ハヤト。
だがその姿は、俺たちが以前戦った時とは、明らかに異なっていた。
彼の全身から立ち上る神気の量は、比較にならないほど増大している。
そして、何よりも違うのは、彼がその手に持つ、一振りの太刀だった。
それは、俺たちが神祇局に回収を任せた、鬼丸国綱ではなかった。
似ているが、全くの別物。
刀身は光を一切反射しない、まるで夜の闇をそのまま固めたかのような、漆黒。
その刀からは、声が聞こえた。
一つの声ではない。何百、何千という、神々の怨嗟と絶望が、一つの魂となって泣き叫んでいるように。
「……あれは、一体……」
詩織が、戦慄に声を震わせる。
俺の脳内に、神座からの警告が最大レベルで響き渡った。
『――危険。危険です、我が主。あの刀は、もはや単なる付喪神ではありません。国津神の怨念そのものを束ねて鍛え上げられた、対神霊用の呪具。その名は、魔刀 『国崩』。天津神の築いたこの国の秩序そのものを、崩壊させるためだけに存在する、呪いの塊です』
国崩。
その名を聞いただけで、背筋が凍るようだった。
神座の解釈では、鬼丸国綱は『国崩』の、仮の姿に過ぎなかった。黒鉄はあの後、国津神勢力と接触し、この真の魔刀を手にしていたのだ。
「……来たか」
黒鉄が、静かに口を開いた。
その声には、以前のような荒々しい怒りはない。
ただ、全てを諦めたような、冷たい虚無感だけが漂っていた。
「お前たちが来ることは分かっていた。だが、もう遅い。儀式は、最終段階だ」
彼がそう言うと、足元の地面に刻まれた、巨大な魔法陣のような文様が、血のような赤い光を放ち始めた。
山の霊脈から吸い上げた膨大なエネルギーが、全て、彼が持つ魔刀『国崩』へと注ぎ込まれていく。
「やめろ、黒鉄! そんなことをすれば、お前自身の魂も、その魔刀に喰われるぞ!」
「それが、どうした」
黒鉄は、虚ろな目で俺を見た。
「俺の魂なんぞ、とうの昔に壊れてる。……俺は、ただ、全てを終わらせたいだけだ。神も、人も、神祇庁も、このくだらない世界も、全部。あの御方は、そのための力を俺に与えてくれた」
彼の目的は、もはや神狩りではない。
この山そのものを、霊的な「爆弾」として起爆させ、東京に、取り返しのつかない大破壊をもたらすこと。
あまりにも身勝手で、そして、あまりにも悲しい自爆テロ。
「……もう、問答は不要のようね」
詩織が剣を構える。
その切っ先は、黒鉄へと真っ直ぐに向けられていた。
「宗佑。私たちはここで、彼を止める」
「……あぁ。わかってる」
俺も、からかさ様を強く握りしめた。
説得は、もう通じない。
彼を止めるには、彼が執着する、その力の根源――魔刀『国崩』を打ち砕くしかない。
「行くぞ、詩織!」
「えぇ、宗佑!」
俺と詩織は、同時に地を蹴った。
神々の怨嗟が渦巻く、決戦の舞台。
新たな力を手に入れた黒鉄との、最後の戦いが、今始まる。




