幕間 観測者は駒を動かす
東京神祇局、局長室。
私は、巨大なモニターに映し出された、高尾山周辺の霊脈図を眺めていた。
無数の青い線が、まるで巨大な蜘蛛の巣のように張り巡らされ、その中心である山頂の一点が、禍々しい赤色で明滅している。
衛星からの映像では、高尾山一帯が外部からは認識できない、濃密な結界に覆われているのが確認できた。
「……始まったか」
私は、革張りの椅子に深く身を沈め、指先でコンソールをなぞる。
モニターの片隅に、部下からの報告が次々と表示されていく。
『黒鉄ハヤト、高尾山山頂にて、極めて強力な神気を展開中』
『神楽坂詩織、単独で麓より突入した模様』
『対象、天野宗佑も、神楽坂詩織と合流。現在、共に山頂へ向かっているのを確認』
――ほう。あのエリート娘、私の命令を無視して、独断で動いたか。
そして、天野宗佑と共に行く、と。
面白い。予想外の駒の動きは、盤面をより複雑にし、楽しませてくれる。
ピッ、と内線端末をオンにする。
「……状況は?」
『はっ。現在、高尾山の霊脈は極めて不安定な状態にあり、いつ大規模な荒神化が始まってもおかしくありません。後続の部隊では、到底抑えきれないかと』
「構わん。部隊の目的は、荒神の討滅ではない。あくまで、麓の住民の避難と、被害が拡大しないよう、外周結界の維持に徹させろ。主戦場には決して近づくな」
『しかし、それでは神楽坂様と天野宗佑が……!』
「これは、命令だ」
私は、有無を言わさず通信を切った。
神楽坂家のエリートの命も、部下たちの命も、私にとっては大した問題ではない。
この作戦の目的は、ただ一つ。
――天野宗佑という、イレギュラーな駒の真価を見極めること。
黒鉄ハヤトに、出雲の連中が接触しているという情報は、とうの昔に掴んでいた。
私はそれをあえて見過ごし、彼がこの状況を引き起こすのを手引きさえした。
国津神の荒ぶる魂を束ねて作られた、あの魔刀。
そして、暴走寸前の霊脈と、無数の山岳神たち。
これ以上ないほどの、絶望的な舞台だ。
この極限状況で、天野宗佑が一体どんな力を発現させるのか。
彼の「名付けの祖」の力が、どこまで通用するのか。
あるいは私の予言通り、自らの無力さに絶望し、理想を打ち砕かれるのか。
どちらに転んでも、私にとっては興味深いデータが取れる。
「せいぜい足掻いてみせろ、名付けの裔よ」
私は、上質な葉巻に火をつけた。
紫煙の向こうで、モニターの中の二つの光点が、赤い中心点へと、ゆっくりと、確実に近づいていく。
それは、この国の神話が、新たな章へと進む始まりの狼煙。
そして、その物語の脚本家はこの私なのだ。




