第24話:それぞれの覚悟
夕暮れのターミナル駅は、夏休みの週末を楽しむ人々でごった返していた。
その喧騒の中を、俺は人波をかき分けるようにして、高尾山へと向かう電車に乗り込んだ。
車内も、登山客や家族連れで混み合っている。楽しげな笑い声が、あちこちから聞こえてきた。
彼らは誰も知らない。
この電車の終着駅のその先で、今まさに世界の存亡をかけた戦いが始まろうとしていることなど。
この、日常と非日常のあまりにも大きな隔たり。それに、少しだけ目眩がした。
指定された高尾山口駅に着くと、改札の前で詩織が腕を組んで待っていた。
動きやすさを重視した、黒いタクティカルパンツとジャケット。その背中には、布に包まれた愛剣を背負っている。
その姿は紛れもなく、戦士のものだった。
「……遅い」
俺の顔を見るなり、彼女は不機嫌そうに言った。
「悪い。電車が混んでて」
「言い訳はいいわ。もう時間はあまりない。行くわよ」
詩織はそれだけを言うと、さっさと歩き出す。
俺は、慌ててその後を追った。
ケーブルカーやリフトは、もう営業を終了している。俺たちは、麓から徒歩で山頂を目指すしかなかった。
観光客向けの、整備された一号路。
並んで歩く俺たちの間には、気まずい沈黙が流れていた。
禁書庫での一件以来、俺たちは、どう互いに接していいか分からなくなっていた。
俺が「名付けの祖」の末裔であるという、あまりにも重すぎる事実。
それが俺たちの間に、新しい、見えない壁を作ってしまったかのようだった。
「……あのさ」
沈黙を破ったのは、俺の方だった。
「俺の家のこと……あんまり気にしないでくれよ。俺は俺だ。特別な血筋だから戦うんじゃない。俺がそうしたいから、戦うだけだ」
それはこの数日間、俺がずっと自分に言い聞かせてきたことだった。
俺の言葉に、詩織は歩みを止めずに静かに答えた。
「……わかっているわ。あなたがそういう人間だということくらい」
そして、彼女は、ぽつり、と付け加えた。
「それに……あなたのその力が、血筋だけのものだとは思わない」
「え?」
「あなたは、神々の心を誰よりも深く理解できる。それは、血筋だけでは説明できない、あなた自身の魂の在り方よ。……だから私は、あなたを信じる」
その言葉は、驚くほど素直に俺の心に響いた。
詩織が俺を、ただの「名付けの祖の末裔」としてではなく、「天野宗佑」という一人の人間として認めてくれた。
それだけで俺の心にかかっていた靄が、すっと晴れていくような気がした。
「……サンキュ」
俺は、照れくさくて、それしか言えなかった。
詩織も何も言わない。
だが、俺たちの間の壁は、確かになくなっていた。
山道が次第に険しくなっていく。
周囲の木々が、月明かりに照らされて不気味な影を落としていた。
山の空気が、変わっていくのがわかる。
神聖で、清浄なはずの霊山の空気に、黒鉄が放つ、禍々しい神気が混じり始めている。
山頂はもうすぐだ。
俺は歩きながら、ポケットの中の神座に意識を集中する。
神域の中では、俺の仲間たちが、主の出撃を静かに、しかし固い決意を持って待っていた。
からかさ様、神座、万象工房、物語、天網、そして、鋼堂さん。
俺の、大切な家族。
――俺は、本当にこいつらを守れるのか?
橘の言葉が、再び脳裏をよぎる。
『その優しさは、いずれ君自身を滅ぼすことになる』
怖い。
自分の力が足りず、仲間を失ってしまうことが何よりも。
その時。
隣を歩いていた詩織の手が、俺の手にそっと触れた。
驚いて彼女の顔を見ると、彼女は真っ直ぐに前を見据えたまま、静かに言った。
「……一人で、背負わないで」
「……!」
「あなたは一人じゃない。私たちが……いる」
その言葉に、どんな慰めよりも力が湧いてくるのを感じた。
そうだ。俺はもう一人じゃない。
隣には、背中を預けられる最高の戦友がいる。
ポケットの中には、俺を信じてくれる仲間たちがいる。
俺は、彼女の手に、自分の手をそっと重ねた。
彼女の手は、少しだけ冷たかった。
「……あぁ。行こう、詩織」
「えぇ。宗佑」
初めて、互いの名前をためらいなく呼んだ。
目の前に、山頂へと続く最後の石段が見える。
その先で、俺たちの、そしてこの国の運命を懸けた決戦が待っている。
第四章 完
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