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神様、拾いました。  作者: 久悟
第一部 覚醒と序章
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第22話:名付けの祖の影


 『――初代 名付(なづ)けの(おや)  天野 叢雲(むらくも)


 古文書に浮かび上がった、その名前。

 俺と同じ「天野」の姓。

 脳が、理解を拒絶している。心臓が、警鐘のように激しく脈打っていた。


「……嘘だろ……」


 かすれた声が、自分の口から漏れた。

 俺の家は、ごく普通のどこにでもある一般家庭だ。こんな、神話の時代に生きていたような、大層な人物の子孫であるはずがない。

 だが、俺の指先が触れただけで、神祇庁が幾重にもかけていたであろう封印の呪詛が、いともたやすく解けてしまった。

 その事実が、何よりも雄弁に、俺とこの「天野叢雲」との間の、決して偶然ではない繋がりを示していた。


「……名付けの祖……」


 隣で、詩織が息を呑むのがわかった。

 彼女は、神楽坂家という名門の生まれ。俺とは違い、この名前に聞き覚えがあったのかもしれない。

 

「神話の時代、あるいはそれ以前。天津神でも、国津神でもない、人の身でありながら神々に名前を与え、その力を調停したと伝えられる伝説の存在……。それが『名付けの祖』。まさか、それが実在していて、しかも、あなたの……」


 詩織は、そこまで言って言葉を失った。

 彼女の瞳には、驚愕と、混乱と、そして、ほんの少しの畏怖のような色が浮かんでいた。

 今まで俺に向けていた視線とは、明らかに違う。


 ――俺の、先祖……?


 だとしたら俺が持つこの力は、偶然手に入れたものではないのか?

 忘れられた神々の声が聞こえるのも、彼らの役割を理解し真名を与えられるのも、全て、この血に刻まれた、宿命のようなものだったというのか?


 ――なぜ、そんな大事なことが、歴史から消されている?


 神祇庁が、これほど厳重にその存在を封印していた理由。

 橘が、俺の力に異常なほどの執着を見せた本当の理由。

 全てのピースが、まだバラバラのまま頭の中で渦巻いている。


 その時。

 俺の背後から、ふわりと桜の花びらのような、甘く、そして神聖な香りがした。

 振り返るまでもない。詩織の契約神、木花咲耶姫様だ。

 彼女は、詩織の許可なく、自らの意志でその霊的な姿を、俺たちの前に半分だけ顕現させていた。

 その美しい顔は、どこか懐かしむような、そして悲しむような、複雑な表情を浮かべている。


『――やはり、そうでしたか』


 姫様の声は、詩織に語りかけるのでもなく、俺の脳内に直接響いてきた。

 その声は、神々しい威厳と、母のような優しさに満ちている。


『あなたの魂の輝き……。初めてお会いした時から感じておりました。それは、あの方と同じ輝き……』


「あの方……?」

『ええ。はるか昔、天津と国津が争い、この地が血に染まっていた時代。多くの神が理性を失い、荒神と成り果てていました。私の父、大山津見神(オオヤマツミノカミ)でさえ、その怒りに我を忘れるほどに。その戦いを、たった一人の人の子が、収めてみせました』


 姫様は、遠い目をして語る。

 

『彼は、神々の魂に寄り添い、その役割を正しく理解し、そして新しい名前を与えました。その際、彼が自らの魂を削って作り出したのが、三つの神器。荒ぶる神の魂を鎮める『鎮魂の勾玉』。神々の真実の姿を映し出す『真経津の鏡』。そして、あらゆる神威を束ね従える『天叢雲の剣』。彼は、その三つの神器の力で、この国の長きに渡る神々の戦を収めてみせたのです。ですが、その力はあまりにも強大すぎた。彼は戦の終わりに、自らの神器を、それぞれ三つに砕き、天津にも、国津にも知られぬよう、この国のどこかに隠したと伝えられています。……その方の名が、天野叢雲。あなたがその血を継ぐ者ならば、この国の運命は再び大きく動き出すでしょう』


 姫様の言葉が、重く、重く、俺の心にのしかかる。

 運命。

 俺が、一番縁遠いと思っていた言葉だ。


「……時間です」

 

 不意に、詩織が我に返ったように言った。

 彼女は、姫様をそっと諌めるように、その霊体を剣の中へと戻す。

 

「これ以上は危険です。戻りましょう、天野君」


 彼女の呼びかける声が、どこか遠くに聞こえた。

 俺はまだ、古文書に記された「天野叢雲」の名前から、目を離すことができなかった。

 俺の進むべき道は、俺が自分で決めたはずだった。

 だがそれは、初めからこの血によって定められていた、逃れられない道だったのだろうか。


 禁書庫を出た後も、俺と詩織の間には重い沈黙が続いていた。

 お互い、何と声をかけていいかわからなかったのだ。

 ただ一つ確かなこと。

 俺たちの戦いはもう、単なる神狩りや荒神との戦いではない。

 この国の神話の時代から続く、巨大な歴史の歪みそのものと、向き合わなければならないのだ。

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