第20話:禁書庫にて
第四章:閉ざされた記録と始まりの地へ
黒鉄ハヤトとの激闘から、数日が過ぎた。
夏休みも、もう残りわずか。宿題の山を前に、俺は唸っていたが、本当に頭を悩ませていたのは、別の問題だった。
「……『あの御方』、か」
黒鉄が最後に残した、謎の言葉。
それは、縁結びの荒神が呟いた「オオクニヌシ様」という言葉と、奇妙な符合を見せていた。
神狩りと、荒神。全く異なる二つの存在が、誰かを指し示している。
偶然とは思えなかった。
この戦いの背後には、俺たちの知らないもっと大きな何かが隠れている。そんな予感が、日に日に強くなっていた。
『――我が主。思考の隘路に陥っておられるご様子。外部情報のインプットを推奨します』
机の上の神座が、冷静な声で助言してくる。
「外部情報って言ったってな……。ネットで調べても、出てくるのは普通の神話の話だけだろ」
『神話の裏側。公にされていない記録。それらが集積されている場所が、一つだけ存在します』
「……まさか」
神座が言わんとしていることに、俺は気づいた。
東京神祇局。
あそこなら、何か手がかりが掴めるかもしれない。
だが、一度はスカウトを蹴った俺が、のこのこと出向いていって、果たして協力してくれるだろうか。橘の、あの底の知れない笑顔が脳裏をよぎる。
――一人じゃ、無理か。
俺は意を決して、スマートフォン――神座ではなく、俺個人の普通のスマホ――を取り出した。
連絡先アプリを開く。
数日前、半ば強引に交換させられた一つの名前。
【神楽坂 詩織】
コールボタンを押す指が、少しだけ震えた。
数回のコールの後、繋がった相手に、俺は単刀直入に用件を切り出した。
†
「……それで、本当に来たのですか。呆れました」
再び訪れた、国会議事堂の地下。東京神祇局のロビーで、詩織は腕を組み、心底呆れたという顔で俺を迎えた。
彼女は、神祇局の制服なのだろうか。白を基調とした、清潔感のある詰襟の服を着ている。それが、彼女の凛とした雰囲気をより一層引き立てていた。
「悪いかよ。他に頼れる当てがないんだから、仕方ないだろ」
「それを、よく当事者の前で言えますね……」
「で、どうなんだ? 例の件、何か分かったのか?」
俺が尋ねると、詩織は首を横に振った。
「橘局長に報告しましたが、案の定、はぐらかされました。『我々も調査中だ』の一点張り。ですが、あの人のことです、何かを隠しているのは間違いありません」
「だろうな」
やはり、橘を正面から頼るのは悪手だ。
「だから、あんたに頼みがある。神祇局の中にあるっていう、資料室か何か……古い記録が保管されてる場所に連れて行ってほしい」
「……正気ですか? あそこは、局内でも一部の職員しか立ち入りが許可されていない、最重要機密区画ですよ。あなたのような部外者を、易々と通せるわけが……」
詩織はそこまで言って、何かを考えるように口を噤んだ。
そして、ちらりと俺の顔を見ると、小さくため息をついた。
「……一つ、条件があります」
「条件?」
「先日の戦いで、あなたが使役した神々。特に、時間や空間に干渉した、あの信号機と万年筆の付喪神。彼らの能力データを、正式に神祇局に登録・提供してください」
「おい、それって……!」
「誤解しないでください」
詩織は、俺の言葉を遮った。
「あなたの仲間を、神祇局の管理下に置こうというのではありません。ですが、未知の能力は、我々にとって潜在的な脅威になりうる。その情報を共有することは、局員である私にとっての義務です。……それに」
彼女は、少しだけ視線を逸らす。
「あなたのその力が、今後の戦いで私や、他の局員たちの命を救うことになるかもしれない。そうでしょう?」
それは、彼女なりの最大限の譲歩であり、俺に対する信頼の証のようにも聞こえた。
俺は、彼女の真剣な瞳を見つめ返す。
「……わかった。その条件、呑もう」
「……話が早くて、助かります」
詩織は、ふいっと顔をそむけると、くるりと背を向けた。
「ついてきなさい。橘局長には、私がうまく言っておきます。……くれぐれも、余計なことはしないでくださいよ」
その言葉とは裏腹に、彼女の横顔が、ほんの少しだけ嬉しそうに見えたのは、きっと気のせいではないだろう。
俺は彼女の後に続き、東京神祇局の薄暗い廊下の、さらに奥深くへと足を踏み入れた。
そこは、この国の封印された歴史が眠る場所だった。




