第19話:戦いの後で
黒鉄が姿を消し、廃工場には静寂が戻っていた。
床に転がる、主を失った太刀『鬼丸国綱』。円の中で力なく座り込む、巨大な土地神。そして、俺と、俺の肩に寄りかかるようにして立つ、詩織。
後処理は思ったよりも大変だった。
「……というわけで、この土地神は、俺が預かることになった」
俺は、目の前で腕を組み、不満そうな顔をしている詩織に向かって言った。
俺の隣では、万象工房の工具たちが、円を描いた『物語』のインクを丁寧に拭き取っている。
土地神は、黒鉄との戦いで負った傷と、暴走した疲労で、今はほとんど動けない状態だ。その巨体は元の溶鉱炉の姿に戻っているが、宿る神気はひどく弱々しい。
「……本気で言っているの? これほどの神格を持つ土地神を、あなた一人の管理下に置くと? 神祇局の管轄に置くのが筋でしょう」
「神祇局に預けて、どうなるんだ? 橘みたいな奴に、研究材料か何かされるのがオチだろ。それに、こいつを無理やりここから動かせば、完全に消滅しちまうかもしれない」
土地神とは、その土地に根差してこそ力を発揮する存在だ。この工場が彼のテリトリーであり、力の源。ここから引き剥がすのは、致命傷になりかねない。
『……この若者の言う通りだ、巫女の娘よ』
土地神が、重々しい声で言った。
『我が同胞たちを救い、我が理性を繋ぎ止めてくれたのは、この若者とその眷属たち。……何より、我が魂を喰らおうとしたあの男を、この若者は、ただの一度も「悪」とは言わなかった』
「……!」
詩織が、はっとしたように俺を見る。
土地神は続けて言った。
『あの男の瞳の奥にあった、深い悲しみ。この若者は、それを見抜いていた。故に、信じるに値する。我が身の処遇は、この若者に任せたい』
土地神自身の、明確な意思表示。
ここまで言われてしまえば、詩織も引き下がるしかなかった。
「……わかりました。ですが、これは私の独断です。神祇局には、対象は逃亡、現場には痕跡なし、と報告します。その代わり、何か問題が起きたら、即刻私があなたごと処分しますから。いいですね?」
「ああ、それでいい。サンキュー、神楽坂」
「……礼を言われる筋合いはないわ」
詩織は、ふいっと顔をそむけた。
その耳が少しだけ赤くなっていることに、俺は気づかないふりをした。
問題はもう一つ。
床に転がっている、鬼丸国綱だ。
俺がそれに近づこうとすると、詩織が鋭い声で制した。
「待ちなさい。それに触れてはダメ」
「なんでだよ。こいつも、黒鉄に無理やり従わされてた、被害者みたいなもんだろ」
『――否。我が主よ、彼女の言う通りです』
神座の理知的な声が響いた。
『あの刀剣は、あまりにも多くの神気を喰らいすぎています。その魂は、他の神々の怨念と、主である黒鉄の渇望に深く汚染されている。今、我が主が触れれば、その精神が逆に汚染され、呑み込まれる危険性が極めて高い』
「……神座の言う通りよ」
詩織も、同じ見解らしい。
「あれは、もはや単なる付喪神ではない。神を喰らう、呪われた魔剣。神祇局の最重要封印対象として、私が回収します」
詩織は、特別な呪印が施された布で、慎重に鬼丸国綱を包み、封印していく。
布に包まれた刀からは、もうあの禍々しい気配は感じられなかった。
こうして、俺たちの初めての共同戦線は、後処理を終えた。
俺は、溶鉱炉の神様こと、『鋼堂』さんと新たに神契を結び、神座の神域に、彼の魂だけを一時的に休ませることにした。彼の本体である溶鉱炉は、この工場に残したままだ。
いつか、彼が元気になったら、またこの場所に戻ってこられるように。
帰り道、俺と詩織は無言で並んで歩いていた。
夏の夜の、ぬるい風が頬を撫でる。
「……あの、さ」
沈黙に耐えかねて、俺が口を開いた。
「ありがとな。俺一人じゃ無理だった」
「……別に。あなたこそ、最後の一撃、見事だったわ」
「へへ、だろ?」
ぎこちない会話。
だが、それは確実に、俺たちの間の壁を少しだけ溶かしていた。
「……黒鉄が言っていた『あの御方』って言葉、気になるな」
「ええ。私も、橘局長に報告するつもりよ。おそらく、神祇庁も何かを掴んでいるはず」
「あんたも、気をつけてくれよ。神狩りは、あいつ一人じゃないかもしれない」
「……あなたもね」
短い言葉の応酬。
だが、その言葉の中には、お互いを案ずる気持ちが、確かに込められていた。
高嶺の花だと思っていた同級生の、意外な素顔。俺の日常は、ますます不思議で、複雑な色合いを帯び始めていた。
第三章、完。
【作者からのお願い】
読んで頂きありがとうございます。
これからも本作品をよろしくお願いします。
気に入った! もっと読みたい! と思って頂けたら『ブックマーク』と『評価』をお願いします<(_ _)>
下の ☆☆☆☆☆ ⇒ ★★★★★ で評価できます。最小★1から最大★5です。
『★★★★★』なんて頂けた日には( ノД`)…頑張ります!




