第18話:初めての戦友
「なっ……!?」
黒鉄が、驚愕に目を見開く。
詩織に致命傷を与えようとしていた彼の意識は、完全に前へと向いていた。背後への警戒が、一瞬だけ完全に途切れていたのだ。
からかさ様は、俺の最強の盾。だが、攻撃能力は皆無だ。
俺の役割は、攻撃することじゃない。
――最高の「好機」を、作ることだ。
俺は、からかさ様の石突――傘の先端部分を、まるで槍のように、黒鉄の背中のど真ん中に力いっぱい叩きつけた。
ドンッ!
鈍い音が響く。
ダメージはない。からかさ様の攻撃では、彼の黒いコートを汚すことしかできないだろう。
だがその衝撃は、彼の体勢をほんのわずかに、前のめりに崩した。
たったそれだけ。
しかし、俺たちの仲間には、神技の域に達した、天才的な剣士がいる。
彼女にとって、そのコンマ数秒の体勢の崩れは、宇宙ほどの時間と、地球ほどの隙間に等しい。
「――もらった!」
詩織の鋭い声が響く。
弾き飛ばされたはずの彼女の剣は、いつの間にか、その手に握り戻されていた。
否、違う。
彼女は、弾かれた剣を拾ったのではない。
自らの神気を、霊力を、極限まで高めることで、その手に桜色の炎だけでできた、新たな剣を再構築していたのだ。
それは、先ほどまでとは比べ物にならないほど激しく、そして美しく燃え盛っている。
前のめりになった黒鉄。
がら空きになった、彼の胸元。
そこへ、詩織の炎の剣が、まるで流星のように突き刺さった。
「がっ……はっ……!」
黒鉄の口から、初めて苦悶の呼気が漏れる。
炎の刃は、彼の体を貫通はしない。だが、木花咲耶姫の持つ神聖な浄化の炎が、彼の体と、彼の契約神である鬼丸国綱の魂を、直接焼き焦がしていく。
「この……ガキどもがぁっ……!」
黒鉄は最後の力を振り絞り、鬼丸国綱をめちゃくちゃに振り回した。
暴風のような斬撃が、俺と詩織を吹き飛ばす。
俺はなんとか受け身を取ったが、詩織は限界を超えた力を解放した反動で、地面に倒れ込み、動けない。
黒鉄は胸を押さえ、荒い息を繰り返しながら俺たちを睨みつけた。
その瞳には、もはや憎悪の色はない。
ただ、深い、深い絶望だけが宿っていた。
「……まだだ……。こんなところで……終わるわけには……」
彼は、何かを渇望するように呟く。
「この程度の力では……あの御方には、届かない……!」
あの御方。
その言葉に、俺は既視感を覚えた。
そうだ。あの縁結びの荒神も、最後にオオクニヌシの名を呟いていた。
この神狩りの背後にも、やはり何者かがいるのだ。
黒鉄は、ふらつきながらも撤退を選んだようだった。
彼は禍々しい気配を放つと、その体がまるで影に溶けるかのように消えていった。
「待て!」
俺は叫んだが、もう遅い。
後には、彼のものだった鬼丸国綱が、カランと乾いた音を立てて床に転がっているだけだった。主を失い、今はただの古びた刀に戻っている。
――勝った……のか?
いや、違う。
俺たちはただ、彼を退けることしかできなかった。彼の心の闇も、彼を操る者の正体も、何も明らかにできていない。
ふと我に返ると、円の中から出られずにいた土地神が、おとなしくなっていることに気づいた。
黒鉄という脅威が去り、彼の暴走の原因だった恐怖が薄れたのだろう。今はただ、疲弊しきった様子で、その場に座り込んでいる。
俺は、倒れている詩織に駆け寄った。
「おい、大丈夫か、神楽坂」
「……触るな。……大したことは、ない……」
彼女は強がりを言いながらも、自力で立ち上がることはできないようだった。
俺はためらいながらも、彼女に肩を貸して、その体を支える。彼女の体は、驚くほどに華奢で、そして、燃えるように熱かった。
廃工場には静寂が戻っていた。
俺と詩織。そして、傷ついた土地神たち。
後には、解決にはほど遠い数多くの謎と、奇妙な連帯感だけが残されていた。




