第17話:光と影のコンビネーション
「――姫様。どうか、私に少しだけ、御力をお貸しください」
詩織の祈りに応え、彼女の剣が桜色の炎を激しく燃え上がらせる。
その神気は、もはや単なる熱量ではない。周囲の空間そのものを浄化し支配するような、神聖な圧力を放っていた。
普段の彼女なら、ここまで力を解放することはないだろう。それは、彼女の体と精神に計り知れない負荷をかける、諸刃の剣のはずだ。
「行くわよ、天野君!」
「おう!」
先に動いたのは詩織だった。
彼女は、暴走する土地神と黒鉄との戦いに、第三勢力として真っ直ぐに突っ込んでいく。
狙いは、黒鉄ただ一人。
「邪魔だ、女!」
黒鉄が、土地神の攻撃をいなしながら、牽制のために鬼丸国綱を振るう。
だが、今の詩織の動きは、先ほどまでとは見違えるほど鋭かった。
彼女は、黒鉄の斬撃を最小限の動きで受け流すと、まるで舞うようにその懐へと潜り込む。
「桜花繚乱!」
詩織の剣が、無数の残像を描く。
一つ一つが致命的な威力を持つ、桜色の斬撃の嵐。
それは黒鉄に回避の隙を与えず、真正面からの打ち合いを強要する、あまりにも苛烈な猛攻だった。
「ちっ……面倒な!」
黒鉄は鬼丸国綱を巧みに操り、その全てを捌き切る。金属音が鳴り響き、火花が花火のように散った。
詩織の猛攻は、確かに黒鉄の動きを完全に封じ込めている。だがそれは同時に、彼女自身もそこから動けないことを意味していた。
そして、その背後はがら空きだ。
『オオォォォッ!』
暴走した土地神が、好機とばかりに灼熱の腕を二人まとめて薙ぎ払おうと迫る。
「からかさ様!」
俺は、神座から呼び出したからかさ様を、滑り込ませるように投げ放った。
からかさ様は詩織の背後で、まるで花が開くようにその傘を開く。
ゴウッ!
溶鉱炉の神の剛腕が、からかさ様の『絶対守護』に阻まれ、けたたましい音を立てて弾かれた。
「天野君!」
「あんたは目の前の敵に集中しろ! 背中は俺が守る!」
これが俺の役目。
詩織という圧倒的な「光」。その彼女が、憂いなくその輝きを最大限に放てるように、俺は「影」となって、あらゆる障害から彼女を守る。
「万象工房、仕事だ!」
俺の号令で、工具ゴーレムたちが一斉に動き出す。
彼らは、土地神の足元に群がり、ハンマーで叩き、レンチで締め上げ、その動きを少しでも鈍らせようと奮闘する。
効果は薄い。だが、無意味じゃない。
その、ほんのわずかな時間稼ぎが、俺に次の手を打つ猶予を与えてくれる。
「天網! 『赤』だ!」
神座から信号機の付喪神『天網』を呼び出し、その権能を発動させる。
天網のレンズが、カッと赤い光を放った。その光は、土地神の巨大な一つ目――溶鉱炉の覗き窓――を正確に捉える。
『強制命令:停止』
一瞬。
本当に瞬きをするほどの短い時間だけ、土地神の動きが完全に止まった。
その、1秒にも満たない静寂。
普通の人間なら、何もできずに終わる。
だが、俺の仲間はそれを見逃さなかった。
「物語、『契約書』を!」
万年筆の付喪神『物語』が、停止した土地神の足元の地面に、高速でインクを走らせる。
彼が描いたのは、複雑な文様が描かれた、一つの魔法陣のような円。
『ルール設定:この円から出てはならない』
円が描き終わったのと、天網の効力が切れるのは、ほぼ同時だった。
『グオォォッ!?』
再び動き出した土地神だが、その足はまるで透明な壁に阻まれたかのように、円の中から一歩も出ることができない。
『物語』の力が、限定的ながらこの場のルールを書き換えたのだ。
――よし! これで溶鉱炉の神は無力化した!
残るは、黒鉄ただ一人。
詩織と黒鉄の打ち合いは、未だに続いていた。
「よそ見してる余裕があんのかよ!」
黒鉄の一撃が、今まで以上に重く、速くなる。
ガキン!
ついに詩織の剣が、その圧力に耐えきれず弾き飛ばされた。
がら空きになった詩織の胴体。鬼丸国綱の切っ先が、容赦なくそこへ吸い込まれていく。
「しまっ――!」
詩織の顔に絶望の色が浮かんだ。
だが俺は、それを冷静に見ていた。
「――お前は俺たちを舐めすぎた」
黒鉄の背後に、俺は移動していた。
その手には、からかさ様。
俺の全ての仲間たちが作り出した、たった数秒の時間。
それは、この一撃を叩き込むための、最高の布石だった。




