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神様、拾いました。  作者: 久悟
第一部 覚醒と序章
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第1話:雨とガラクタと声

 第一章:忘れられた神様、拾いました


 古びたものが好きだった。

 理由は自分でもよくわからない。ただ、使い込まれて角が丸くなった木の机や、ページが黄ばんだ古本、フィルムの匂いが残る中古カメラなんかを眺めていると、なんとなく落ち着くのだ。


 友人たちは、最新のスマートフォンや流行りのスニーカーの話で盛り上がっているというのに、俺の興味は、いつも少しだけ時代の外側に向いていた。

 

「またガラクタ見てんのかよ、宗佑(そうすけ)

「ガラクタじゃない。歴史だよ」

 

 そんな誰にも理解されないやり取りは、高校二年生になった今ではすっかり日常の一コマだ。


 別に孤立しているわけじゃない。友達もいるし、学校生活もそれなりに楽しい。

 ただ、心のどこかに薄い膜があるような、そんな感覚がずっとあった。周りのみんなが見ている世界と、自分が見ている世界は、もしかしたら少しだけ違うのかもしれない。そんな根拠のない予感。


「そういや宗佑、じいちゃんっ子だったもんな」

 

 不意に友人が言った言葉に、記憶の蓋が少しだけ開く。

 もう何年も前に亡くなった、骨董好きの祖父。埃っぽい書斎で、いつもガラクタに囲まれて笑っていた。幼い俺の頭を撫でながら、じいちゃんはよくこう言っていたっけ。


『いいか、宗佑。どんな物にもな、役割があるんだ。傘なら人を雨から守る。鏡なら、真実の姿を映す。その役割こそが、物の魂だ。だから、その役割にふさわしい名前を付けてやると、きっと喜ぶぞ』



 当時はおとぎ話くらいにしか思っていなかったその言葉を、なぜだか今でも鮮明に覚えていた。


 そんな他愛ない会話を終え、ホームルームが終わる。

 窓の外は、いつの間にか厚い灰色の雲に覆われていた。天気予報通りの雨。生徒たちが我先にと昇降口へ向かう喧騒を背中で聞きながら、俺はゆっくりと帰り支度を始めた。


     †


 ざあざあと、空が泣いている。

 アスファルトを叩きつける雨粒が、無数の小さな水しぶきの王冠を作っては、すぐに消えていく。


 折り畳み傘を差しながら、俺はアパートへと続く道を歩いていた。

 

 ふと、視界の端に映ったそれに足が止まる。

 アパートのゴミ捨て場。

 次の回収日でもないのに、そこにはビニール傘が山のように捨てられていた。骨が折れたもの、ビニールが破れたもの、まだ使えそうなのに持ち主に見放されたもの。まるで、現代の無関心を象徴する、傘の墓場だ。


 ――また、増えてるな……。


 強い雨が降るたびに、この光景は繰り返される。なんてことのない、いつもの風景。そう頭ではわかっているのに、なぜだか胸がちくりと痛んだ。

 早く帰ろう。そう思って再び歩き出そうとした、その時だった。


『……さむい』


 不意に声が聞こえた。

 幼い子供が、か細い声で呟いたような。

 俺は思わず足を止め、あたりを見回す。だが、人気はない。雨音が激しく鳴っている。そのせいで幻聴でも聞いたのだろう。


 もう一度、歩き出す。

 一歩、二歩。


『……かなしい』


 今度は、はっきりと聞こえた。

 耳で聞いた音じゃない。まるで頭の中に直接、誰かが囁いてくるような感覚。

 声は、明らかにあの傘の山から聞こえてきていた。

 ビニール傘の山の中から、一本だけ明らかに異質なものが覗いているのが見えた。

 竹で組まれた、小さい赤い和傘。子供のおもちゃだろうか。その和紙はところどころ破れ、雨水を吸って重たげに垂れている。

 

 ――馬鹿な。気のせいだ。


 俺は早足でその場を通り過ぎる。心臓が妙にうるさく鳴っていた。

 アパートの自室に着き、濡れた制服を脱ぎ捨て、サラリとしたTシャツに袖を通す。

 テレビをつけると、当たり障りのないニュースが流れていた。


『――続いてのニュースです。昨夜、東京・渋谷で、原因不明の大規模なガス爆発事故がありました。現場はスクランブル交差点付近で、幸いにも死傷者は出ていないとのことですが、専門家は局地的に発生したプラズマ現象の可能性も……』


 物騒な世の中だ。他人事のようにそう思いながら、チャンネルを変える。

 けれど、さっきからずっとあの声が頭から離れない。


『……さむい』

『……かなしい』


 捨てられた傘たちの、悲痛な声。

 気のせいだ。疲れているんだ。そう自分に言い聞かせれば言い聞かせるほど、声はクリアになっていく。

 それは、ただの幻聴ではなかった。

 見捨てられたものの、心の叫び。


「……クソッ」


 俺は悪態をつきながら、玄関のドアを開けていた。

 折り畳み傘をもう一度手に取り、雨の中に飛び出す。自分でもどうかしていると思う。けれど、放っておけなかった。


 ゴミ捨て場に戻ると、傘の山はさっきと何も変わらずそこに在った。

 雨に打たれ、静かに朽ちていくだけのガラクタの山。


 でも、俺にはもうただのガラクタには見えなかった。

 これは彼らの墓場なんかじゃない。声にならない助けを求める、魂の吹き溜まりだ。


 俺は無意識のうちに、その山へと手を伸ばしていた。

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