表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
神様、拾いました。  作者: 久悟
第一部 覚醒と序章
16/56

幕間 巫女はため息をつく


 東京神祇局に併設された職員寮。

 無駄な装飾の一切ない、清潔で息が詰まるような空間。それが私の日常であり、私の世界の全てだった。


 シャワーを浴び、備え付けの簡素な寝間着に着替える。鏡の前に立つと、湯気で曇った自分の顔が映っていた。


 古くから神祇庁に仕え、幾人もの高名な神契者を輩出してきた名門、神楽坂(かぐらざか)家の長女。

 そして、若くして富士の女神、木花咲耶姫(コノハナサクヤヒメ)様との契約を果たした、エリート。

 それが、私。


 けれど、鏡の中の私は、ひどく疲れた頼りない顔をしていた。

 私は、鏡に映る自分から逃げるように、深くため息をついた。


 脳裏に、あの少年の姿が蘇る。

 天野宗佑。

 どこにでもいる、ごく普通の高校生。少し気弱そうで、頼りなくて、お人好し。

 だというのに彼は、私が討ち漏らした荒神を、信じられないような方法で無力化してみせた。

 そして、橘局長の、誰もが羨むようなスカウトをいともあっさりと蹴ってしまった。


『俺は、忘れられた神様たちが、ちゃんと笑って過ごせる居場所を作りたいんです』


 そう言って断ったと聞いた。

 青臭い理想論。甘ったれた感傷。

 頭ではそう切り捨てているのに、なぜか、その言葉が耳から離れない。


 ピッ、と部屋の通信端末が鳴る。橘局長からだ。


「……神楽坂です」

『あぁ。例の天野宗佑の件だが、監視は続けろ。だが、過度な干渉はするな。泳がせておく』

「……よろしいのですか? 彼の能力は危険です。野放しにしておけば、いずれ我々の秩序を乱す要因になりかねません」

『わかっている。だが、それも計算のうちだ。案ずるな』


 橘局長はそれだけを言うと、一方的に通信を切った。

 

 計算のうち。

 まただ。あの人はいつもそうだ。全てを盤上の駒のように扱い、自分の描く筋書き通りに物事を進めようとする。

 それが神祇庁の正義。強大な力で秩序を維持するための、最も効率的な方法。

 私はそう教えられてきた。

 弱い神は、保護対象か、さもなくば切り捨てるべき存在。感傷は、判断を鈍らせる毒。

 そう信じて荒神を討滅し、任務をこなしてきた。

 それが神楽坂家の人間としての、私の役割なのだから。


 ――でも。


 私は、部屋の隅に立てかけた愛剣を手に取った。鞘から抜き放つと、磨き上げられた刀身が部屋の明かりを冷たく反射する。

 この剣はただの武器ではない。私の契約神、木花咲耶姫様の力をこの世に顕現させるための、大切な『依り代』だ。


 神楽坂家に伝わる戦い方。それは、神をその身に宿す、古来からの秘術『神降ろし』。

 けれど、今の私にはまだ、姫様の偉大な御霊をこの未熟な身に完全に宿すことはできない。それをすれば、私の精神は姫様の強大な神気に呑まれ、自我を失ってしまうだろう。

 だから、私はこの剣を媒介とする。

 姫様の力の一部だけを、この剣に宿して戦う。それが、今の私に許された唯一の戦い方。

 安全で、安定していて、そして……あまりにも、不完全な戦い方だ。


 ――天野宗佑は、どうなのだろう。


 ふと、疑問が浮かぶ。

 彼は、あのガラクタの傘やスマホと、どうやって力を交わしているのか。

 彼と神々との間には、私と姫様の間にあるような、危うさや、もどかしさのようなものがまるでないように見えた。まるで、当たり前のように隣にいる家族のように。


 あの時、彼に別れ際に言ってしまった言葉。

 

『……死なないでくださいね』


 なぜ、あんな言葉が口から出たのだろう。

 あの少年が死のうが生きようが、私には関係ないはずなのに。

 むしろ彼の存在は、私が信じてきた世界の正しさを、根底から揺るがしかねないイレギュラーだ。排除すべき、バグのような存在。


 なのに心のどこかで、彼の行く末が気になってしまっている自分がいる。

 彼がその青臭い理想を抱えたまま、どこまでいけるのか。見てみたい、と思ってしまっている自分がいる。


 ――私は、疲れているのかもしれない。


 私はベッドに倒れ込む。

 目を閉じると浮かんでくるのは、あの少年の真っ直ぐな瞳と、彼がおもちゃの唐傘をまるで宝物のように抱きしめていた姿。


 私の契約神である木花咲耶姫様が、私の心に直接語りかけてくる。

 

『――迷っているのですね、詩織』

 

「……姫様。私は、弱いのでしょうか」

『いいえ。あなたは、まだ本当の自分を知らないだけです。いつか、あなたが恐れを乗り越え、この私をその身に受け入れる覚悟を決めた時、あなたは誰よりも強くなれるでしょう』

 

「……私に、そんな覚悟が……」

『あの少年が、そのきっかけになるやもしれませんね。彼の持つ力は、古く、そして懐かしい……』

 

 姫様は、それ以上は語ってくださらなかった。

 懐かしい、力。

 その言葉の意味を、私はまだ知る由もなかった。


 明日も任務がある。

 私は、東京神祇局の巫女として荒神を討つ。それが私の変わらない日常。

 

 ……のはずなのに。

 天野宗佑というたった一つのイレギュラーが、私の世界の歯車を、ほんの少しだけ、狂わせ始めていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ