幕間 盤上の駒
がらんとした局長室に、モニターの駆動音だけが静かに響く。
私は、肘掛け椅子に深く身を沈め、目の前の巨大なディスプレイに映し出されたデータを眺めていた。
【対象:天野 宗佑】
【特異能力:A+(推定)真名感応】
【契約神:付喪神『雨宿のからかさ様』、付喪神『神座』】
【危険度評価:C(現状)→ SSS(将来的なポテンシャル)】
「……傑作だな」
思わず、乾いた笑いが漏れる。
SSS。スリーエス。神祇庁が定める危険度評価において、それは「国家転覆、あるいは神話体系そのものを覆しかねない、最重要警戒対象」を意味する。
まさか、こんな現代にたった一人の高校生のデータに、この評価を下す日が来ようとは。
真名感応。
単に神の声が聞こえるというレベルではない。あらゆる存在の魂の「役割」を理解し、その本質たる名前を与え、魂ごと繋がる力。
それは、忘れられた神々にとっては抗いがたい福音であり、我々、神々を「管理」する側にとっては、最も厄介な能力だ。
「青臭い理想、か」
私のスカウトを断った時の、あの真っ直ぐな瞳を思い出す。
忘れられた神々の居場所を作りたい、だと?
馬鹿馬鹿しい。反吐が出る。
かつては、私にもそういった感傷があったかもしれん。だが、この組織で、この国が隠してきた闇の深淵を覗き続けた結果、そんなものはとうの昔に捨て去った。
優しさは、弱さだ。
情は、判断を鈍らせる毒だ。
秩序とは、非情なまでの管理と、徹底的な力の支配によってのみ維持される。
ピッ、と内線端末のボタンを押す。
「……私だ。例の件、どうなっている?」
『はっ。例の「神狩り」黒鉄ハヤトですが、依然として活動を続けております。先日も、奥多摩の山中で数体の土地神を狩った模様』
「そうか。泳がせておけ。奴の目的は、我々と同じ方向を向いている」
『しかし、このままでは被害が……』
「構わん。むしろ、好都合だ」
私は端末を切ると、再びモニターの天野宗佑の顔写真に目をやった。
「いいか、坊主。守るべきものが増えれば増えるほど、お前は弱くなる。そして、自分の無力さを知る」
神狩りという、絶対的な「力」の信奉者。
天野宗佑という、絶対的な「絆」の体現者。
この二つが交わった時、何が起きるか。実に興味深い。
十中八九、少年の心はその理想ごと叩き折られるだろう。
そして、絶望した彼が、泣きながら私の足元に助けを求めに来た時こそ、この規格外の駒を、完全に手中に収める好機となる。
彼の力は、この東京神祇局が、いや、私が悲願を達成するための、最高の切り札となりうるのだ。
私はディスプレイの隅に表示された、もう一つのフォルダを開く。
そこには、一つの神社の写真と、神話の系図が表示されていた。
【警戒対象:出雲】
【キーワード:国譲り、オオクニヌシ】
「……そろそろ、古い神々も目を覚ます頃か」
天津神が支配する、この国の安寧。
それを揺るがす不穏な気配が、西の方から立ち上り始めている。
全ては、盤上の駒。
天野宗佑も、神狩りも、そして、古の神々さえも。
私は、ゆっくりと口角を吊り上げた。
この退屈な世界を、存分にかき乱してもらおうじゃないか。
全ては、私の描く筋書き通りに進むのだから。




