第9話:神々の玉座
俺が『神座』という真名を呼んだ、その瞬間。
手の中のスマートフォンが、今までとは比較にならないほどの眩い光を放った。
思わず目を閉じるほどの、神々しい光。
部屋の隅にいた橘が「なっ……!?」と、驚愕の声を上げるのが聞こえた。
光が収まると、手の中のスマートフォンは、見た目こそ古びたままだったが、その奥に確かな魂の灯火が宿っているのがわかった。
画面は、いつの間にか蜘蛛の巣状のヒビが綺麗に消え、代わりに玉座を模したような、シンプルなアイコンが表示されている。
『――我が主よ。契約、感謝する。これよりこの身は、貴方様と我らが同胞たちのための玉座となりましょう』
脳内に、静かで理知的な声が響く。
からかさ様の、感情豊かなか細い声とは違う。まるで忠実な執事か、あるいは高性能なAIアシスタントのような落ち着いた声だった。
――これが『神座』の声か。
「……信じられんな」
部屋の隅で沈黙していた橘が、感嘆とも呆れともつかない声を漏らした。
「神と神の力を融合させ、新たな権能を顕現させただと……? そんな逸話、神代の昔でも滅多に聞かんぞ……」
橘は俺に歩み寄り、神座を覗き込む。
「どうやら、君の力は本物らしい。いや、我々の想像を遥かに超えているようだ」
その目は、もはや俺を試すような色合いではなく、未知の鉱脈を発見した探鉱家のような、ギラギラとした欲望の色を帯びていた。
「どうだね、宗佑君。改めて我々の一員となる気はないか? 君ほどの才能があれば、最高の環境と、最高の地位を約束しよう。我々と共に、この国の秩序を守る英雄になることができる」
橘は俺の肩に手を置き、甘い言葉を囁く。
最高の環境。最高の地位。英雄。
少し前までの俺なら、舞い上がっていたかもしれない。
だが、からかさ様と出会い、荒神の悲しい声を聞き、そして今、神座の想いに触れた俺には、その言葉はひどく空虚に響いた。
俺が契約できたのは、才能なんかじゃない。
ただ彼らの声を聞いて、その痛みに寄り添っただけだ。
この人たちは、それを「才能」と呼び、「力」として利用しようとしている。
手の中の神座がブルリと震え、画面に新たな表示が現れた。
それは、目の前にいる橘の簡単なプロフィールだった。
【対象:橘 誠一郎】
【所属:東京神祇局長】
【契約神:天之常立神の分霊】
【思考サマリー:対象(天野宗佑)の力を最大限に利用し、神祇庁の権益拡大に繋げたい。強い独占欲と支配欲を検知】
――なんだ、これ……。
神座が橘の情報を読み取って、俺にだけ見える形で表示しているのだ。
これが、神座の力の一端か。
契約したばかりでまだ不完全ながらも、その情報収集能力と分析能力の片鱗を見せつけていた。
表示された『思考サマリー』を見て、俺の心は決まった。
この人たちは信用できない。
「素晴らしい提案だろう? 宗佑君。君ならば、どんな神とも心を通わせ、その力を引き出すことができる。君の居場所は、ここにある」
橘は、俺が神座の画面を見ていることに気づかず、なおも勧誘を続ける。
その言葉が俺の中で、ある一つの疑問を形にした。
「……橘さん」
「なんだね?」
「神祇庁は、神様の居場所なんですか?」
「もちろんだとも。我々は神々を敬い、保護している」
その言葉に、俺は首を横に振った。
「じゃあ、なんでからかさ様は、あんな場所に打ち捨てられていたんですか? なんで荒神は、あんなに悲しい声を上げていたんですか?」
俺の問いに、橘の顔から一瞬だけ笑みが消えた。




